瀬戸内の穏やかな気候の恵みを受ける香川県は、高松市域のような都市圏がある一方で、山と海の豊かな自然に囲まれた土地柄だ。四国霊場八十八カ所参りやこんぴらさんなど、古くからの伝統的な施設・文化も数多い。見どころが多い地域であるためか、近年、映画のロケ地として盛んに取り上げられるケースが増えてきた。「セカチュー」「春の雪」「UDON」…。映画館で見た、美しく、楽しく、懐かしいあの情景をこの目で再確認する香川のロケ地巡りを試みた。
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金刀比羅宮には多くの人が参詣する。あの寅さんもお参りした=香川県琴平町琴平
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平成16年に公開され大ヒットした純愛映画「世界の中心で、愛をさけぶ」(行定勲監督)のロケ地となったのが高松市庵治町。高級御影石・庵治石の産地として知られる五剣山を臨みながら、石材店が軒を連ねる道路を北上すると、海岸の埋め立て地から「王の下沖防波堤」が伸びる。主人公の高校生、松本朔太郎(サク)と廣瀬亜紀(アキ)が夕日を眺めながら語り合った場所だ。映画のシーンさながらに多くの若いカップルが腰を降ろし、船が行き交う海をじっと見つめている。
さらに、埋め立て地から階段で上がった丘の上の「皇子神社」の境内にはサクとアキが乗ったブランコがある。そばのフェンスにはカップルが愛を誓った南京錠が数多くかけられていて、いかにも恋人たちの空間。近くには、サクとアキが花婿、花嫁姿で記念撮影をした「雨平写真館」を模して建てられた庵治文化館管理棟がある。2人が実際に乗ったスクーターも展示され、記念撮影もOK。
セカチューなどで町おこしを、と地元住民らがつくった「庵治町まちおこし会議」の打越謙司会長(58)は「観光客のなかには、結婚式の記念写真を送ってくれたり、子供が生まれたことを手紙で知らせてくれる人もいまして」と説明。“純愛の聖地”としての認知度がどんどん上がっている様子に「今後も楽しい企画を考えたい」と意欲を燃やしている。
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サクとアキが乗ったブランコ。映画の世界を追体験するカップルの姿も多い=高松市庵治町の皇子神社
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高松市中心部に入り、国の特別名勝・栗林公園(同市栗林町)を訪れた。セカチューと同じ行定監督がメガホンを取った、17年公開の「春の雪」のロケ地の一つはここだ。映画は三島由紀夫の小説「豊饒(ほうじょう)の海」第1巻を原作とした、大正期の華族社会での悲恋物語。侯爵家の嫡子、松枝清顕(まつがえ・きよあき)と伯爵家の令嬢、綾倉聡子が主人公だ。緑豊かな栗林公園は侯爵家の広大な庭との設定だ。
ニシキゴイがゆったりと泳ぐ池に架かる木造の「迎春橋」。ボートに乗った清顕と橋の上の聡子が見つめ合うシーンが撮影された。幼なじみの2人が成長して再会する、印象的な場面だ。
また、栗林公園の築造が始まったエリアとされる「小普陀(しょうふだ)」は、聡子が犬の供養のためのリンドウを摘むシーンで登場。公園の隅に位置して観光客も少ない場所で、風情ある散策を楽しめる。
さらに、高松自動車道に乗って丸亀市へ足を伸ばせば、地元出身の本広克行監督が手がけた映画「UDON」のロケがあった宮池(同市土器町西)がある。カモなどの野鳥が羽を休める池のほとりには、主人公の松井香介の実家「松井製麺所」のオープンセットが建てられていた。山容が美しく、讃岐富士とも呼ばれる飯野山がここからはよく見える。池の水面には逆さ富士となって映し出されていた。
「UDON」には県内のうどん店が数多く登場した。宮池から東へ約2キロにあるうどん店「なかむら」(同市飯山町西坂元)もその一つ。映画には、客が自分で裏の畑から具のネギを取る店として映画に登場した。この店では、いまでこそ卓上に刻みネギを置くが、7、8年前までは映画と同様、客が自分で取っていたのだという。店主の中村卓夫さん(64)は「大阪や広島に引っ越したお客さんが映画を見て、懐かしがって来店してくれました。映画の力はすごいですね」。
こんぴらさんで知られる琴平町の金刀比羅宮では、あの寅さんもこんぴら参りをした。5年に公開されたシリーズ46作目の「男はつらいよ・寅次郎の縁談」(山田洋次監督)。故・渥美清さん演じる寅さんは、瀬戸内の島に家出をしたおいを連れ帰るはずだったが、いつものようにマドンナに一目ぼれ。松坂慶子さん扮するマドンナと、金刀比羅宮にいそいそとデートに出かける。
寅さんはマドンナと一緒に参拝。本宮からの風景にはやはり飯野山が登場する。2人は石段途中の大門から登り口まで昔懐かしい「石段かご」に乗って下りた。「石段かご」の従業員、大西喜一さん(59)は「撮影時に見かけた松坂さんがきれいだったのが記憶に残ってます」と破顔する。
最近、特にスクリーンに登場する香川の風景。実際に歩いてみると、ドラマを引き立てる格好の舞台となったことが実感できた。「次に来るときはぜひマドンナと一緒に」。でも、いつになるかなぁ。