「オッス!」
ドリフターズのいかりや長介さんのようにぶしつけにあいさつしながら、ノックもせずにいきなり家に入ってくるヨーコ(竹内)。一人で家にいた10歳の薫(松本花奈)は、驚いて声も出ない。ストーリー中、ヨーコの最初の登場シーンは、撮影でも最初だった。
母に厳しくしつけられてきた薫と、自由奔放な謎の女性、ヨーコ。2人の、年代を超えたひと夏の心のふれあいを描いた映画「サイドカーに犬」。薫とヨーコが初めて出会うシーン、実はいきなりのヤマ場だった。
「『いかりやさんのように』という設定と同時に、『その一言で、すべてをつかんでしまえるように』とも言われました。ああ、プレッシャーの大きいところに来てしまったなと…」
これまでの役柄と全く異なる大胆な“竹内結子”に、見る側は驚かされるが、自由奔放な「ヨーコ」の人物造形や、醸し出す雰囲気が映画のすべてを決めてしまう、非常に難しい役。しかも自身にとって出産をはさんで2年ぶりの映画出演。「こういう役もふってもらえるのかと驚いた。どんな人かわからなかったけど、逆に知りたくなって」出演を決めたという。
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ヨーコ(竹内結子、左)と薫(松本花奈、右)の心のふれあいを描く「サイドカーに犬」=(C)「サイドカーに犬」フィルムパートナーズ |
《不動産会社に勤める薫(ミムラ)は、ふと20年前の夏を思いだした。母が家出したあと、突然やってきたヨーコ。ドロップハンドルの自転車に乗り、“エサ”といってカレー皿にお菓子をがさっと入れる豪快な謎の女性。ときに親子のように、ときに親友のようにふれあう2人。だが、ヨーコと父(古田新太)の関係に終わりがきて、ヨーコと薫は小旅行に出かける》
芥川賞作家、長嶋有のデビュー作が原作。大胆なヨーコだが、太宰治の「ヴィヨンの妻」を愛読したり、怪しい仕事にのめり込む薫の父をいさめたりと、どこかしら“真っすぐ”な面も併せ持つ。近作では「雪に願うこと」が印象的な根岸吉太郎監督は「普段から大胆な人がやっても、観客は見たくない。演じる人に気品が欲しかった。その気品を最も備えている女優」として竹内を選んだ。
メークと相談して髪形をソバージュにし、ヨーコの“トレードマーク”でもあるドロップハンドルの自転車にも乗る練習をした。「現場で一つずつ積み上げていった」(竹内)結果、原作(背が高くて短髪の「洋子」)とも似て非なる「ヨーコ」が生まれた。「完成した映像を見て、改めて『ヨーコさんってこういう女性なんだ』って思うところもありました」と笑う。
「今までは、やりたい仕事があったり、夢を持ってずっと追いかけていたりする役ばかりでしたが、今回は、端的にいうと『だれかのためにがんばらなくてもいい役』。とても気持ちのいい役でした」
役柄だけではない。セリフや行動をパズルのように積み重ねて、人物像をつくる。「こういうお芝居の構え方も“あり”なんだと。自由に、流れのままに身をまかせるような構え方でもいいんじゃないか」と、自身が作品へ取り組む姿勢にも変化を与えられた。スクリーンでの、解放感にあふれたヨーコの表情がどこまでもさわやかなのは、その気持ちがあふれ出ているからなのかもしれない。
最初は不安だった役だが、演じてみて「いただいたものが多かった。女優としての可能性を探るきっかけを与えていただいたのかもしれない」という。今後、テレビ画面やスクリーンを飾る姿を見るのが、よりいっそう楽しみになった。
10歳の薫にヨーコが成立
ストーリーでとても重要な、10歳の薫とヨーコが紡ぐ親友のような関係。それぞれを演じた松本花奈と竹内結子が出席した記者会見でも、2人の間からはいい雰囲気が感じられ、会見場はほのぼのとしたムードに包まれた。
松本の心に残ったのが、撮影現場に竹内がつくってきてくれたみそ汁(けんちん汁)。「東京に撮影に来て、食べたいものが食べられないようだったので…」という竹内の気づかいに、松本は「おいしかった」と、子供らしい笑顔で答えた。
難役に挑んだ竹内だったが、「きちんとリアクションしてくれる薫がいたから、大胆なヨーコが成立した」。根岸吉太郎監督も「人の話を受けとめるのがうまい花奈ちゃんの、眼の力が花を添えた」とともに絶賛。それぞれが“プロ”として認めあうからこそ、いい雰囲気の作品になったのだろう。