パリを舞台に、シェフに憧(あこが)れるグルメなネズミと、才能ゼロの見習いシェフが手を取り合って料理界に大騒動を巻き起こす米アニメ「レミーのおいしいレストラン」(28日公開)は、オスカー監督、ブラッド・バードの約3年ぶりの新作だ。「保守的な題材を用いて、既成概念を打ち破ることの大切さなどを訴えたかった」。娯楽の要素と社会・文明批判を融合させる手際良さが光る。
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グルメなネズミと見習いシェフが大騒動を巻き起こす「レミーのおいしいレストラン」 |
ディズニーが提供し、アニメ界のヒットメーカー、ピクサーが製作した本作は、米では6月29日に公開され、これまでに1億5000万ドル(約180億円)を稼いだ。
大ヒットの目安、1億ドル(約120億円)を簡単に超える出足となり、批評家の評価も今年の公開作の中では断トツ。「ピクサーの熟練シェフは、豊富な言葉と視覚的ウイット、天才的な喜劇性、少々のフランス的洗練といったおいしい素材をブレンドし、温かく最高に魅力的なスープを作り出した」(米ハリウッド業界紙デイリー・バラエティー)などと大絶賛の評が並ぶ。
家族とはぐれ、パリにやってきたネズミのレミー。グルメな舌を持つ彼は、人間の世界に近づくことを禁じた父の教えに背き、今は亡き仏の天才シェフ、グストーの「勇気があれば誰でもシェフになれる」という教えを胸に、一流シェフを夢見てグストーのレストランの厨房(ちゅうぼう)に侵入する。
そこで働く才能ゼロの見習いシェフ、リングイニは、レミーが天才的な料理の才能を持ち、人間の言葉を理解できると知る。利害が一致した1人と1匹は“二人羽織”でパリのナンバーワンシェフをめざす。リングイニの作る絶品料理はたちまちパリ中の話題に。しかし仏最高の料理評論家イーゴらはリングイニのシェフとしての手腕に疑問を抱く…。
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ブラッド・バード監督 |
「困難をいかに乗り越えるかというのが最大のテーマなんだ。シェフになりたいと願う動物がいたとしたら、その望みが最も実現困難なのはネズミだろ?」と笑うバードだが、嫌われ者のネズミを厨房に立たせたチャレンジ精神には恐れ入る。
「ネズミの擬人化は避けた。4本足のネズミが人間を意識して自発的に2本足で歩き出す過程を表現したんだ」
さまざまな要素が重層的に積み重なった物語も素晴らしい。伝統やしきたりへの挑戦、既成概念の打破、拝金主義への戒め、変化を恐れぬ勇気…。食という保守的な題材に、これほど挑戦的で示唆や教訓に富む物語を織り込む手腕にうならされる。
美しいパリの風景や湯気を立てる数々の料理のリアルさは実写にも劣らない。製作スタッフがパリの有名レストランを徹底的に食べ歩いた成果だというが、間違いなく世界最先端の映像技術だ。
それでも彼が最も気にかけるのは物語だ。前監督作「Mr.インクレディブル」(2004年)はアカデミー賞の長編アニメ賞に輝いたが、アニメなのに実写作品に混じって脚本賞の候補にもなりハリウッドで話題に。
「映像技術などに目が向く作品だとしたら、ストーリーテラーとしては失格さ」。原題は南仏の代表的な家庭料理「ラタトゥーユ(Ratatouille)」。グルメとは対極にあるごく普通の野菜の煮込み料理を、彼がなぜタイトルに選んだか? 答えはぜひ映画館で。