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ENAKが観た:「明日、君がいない」
こんな日本だから命について考えさせる
   by 久保亮子
2006年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品し終映後、20分にわたるスタンディングオベーションを受けた。脚本も手がけた監督は撮影時、弱冠21歳。目の肥えたカンヌの人々は、オーストラリアから現われた早熟な天才を驚きをもって迎えた。

ムラーリ・K・タルリ監督。「自分の生命を救ってくれた映画」というこの作品は、クラスメートの自殺という実体験がきっかけで生まれた。


物語は、あるハイスクールの1日を時系列で描く。冒頭、主役となる7人の高校生たちが新緑のなかを登校してくる。平凡で平和な幕開けだ。しかし、時間の経過とともに彼らひとり一人がそれぞれに悩みを抱え、もがき苦しんでいる現実が次第に明らかになる。そして、午後2時37分。1人が校内で自殺を図る。「命を絶つのはだれなのか?」。観客は上映時間99分のほとんどを、この不安と向き合わなければならない。

「友人の死から半年後、悪いことが重なり私自身が自殺を考えるようになった。薬物と酒で自殺を図り、意識が遠のくなかで、もし死なずにすむのなら、夢を徹底的に追い求めようと誓った」と語るタリル監督。脚本は目覚めてから36時間後には書き上げていた。

7人は、弁護士を父に持つマーカスと妹のメロディ。マーカスに片思いのケリーは共通の趣味のピアノで接近する。スポーツ万能のルークとの結婚を夢見るサラ。同性愛者であることを宣言したショーンは家族からも見放され、マリファナを常習。英国からの転校生、スティーヴンは生まれつきの障害で脚をひきずってしか歩けない。

家族愛の不足、兄弟の確執、片思い、性の抑圧、近親相姦、不安定な未来…。若さゆえの“心の鮮度”に7人はそれぞれ苦悶し、暴力や自虐で解決しようとする。

そんな思春期のもろさをタリル監督は、細かに描く。技術的にも工夫をこらした。「カメラをひとつの配役として物語に取り入れた」 校舎ですれ違い続ける7人を巧みにとらえる。例えば、ルークが仲間たちと廊下でショーンを暴力的な言葉でからかう場面が流れた後、時空をさかのぼり身なりを整え、化粧室から出てきたサラが廊下でのルークと出くわし、再びショーンをからかう場面の一部始終が別のアングルから始まる。

このようなカメラのリレーが、悲劇の起きた午後2時37分に、7人が一斉に向かっているような臨場感と緊迫感を生み出す。

カメラばかりではない。物語にも“かくし玉”が散在している。兄、マーカスの運転する車で登校した妹のメロディ。車から下りるとマーカスをにらみつけて校内へ入っていく。それまでの車内では2人の会話のかわりにビバルディの「四季」が優雅に流れ、まさに“人生の春”を讃えんとするが、逆に多感な主人公たちのうかがいしれない心を浮き彫りにする。

7人のなかでも、メロディの苦しみがいちばんこたえた。クライマックスよりも強い衝撃を受ける人も少なくないだろう。

そして、最も未来へのまなざしを感じさせる1人が死を選ぶ…。

日本でも、いじめによる生徒・児童の自殺が全国的に相次ぎ、問題となっている。思春期の刹那(せつな)な衝動だと考えるのは、われわれが大人だからだ。タリル監督は来日した際、若者に「自殺を美化しないでほしい」とも訴えた。

映画で自殺する学生は、「姉の子供がかわいくてたまらない。最近では物まねができるようになった」と屈託なく話す。悼むよりも、生きて命をつなぐ喜びを私たちは若者に伝えなければならない。

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