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へこみ、かすれに味わい
アナログが新鮮 活版印刷、若者から支持
  東京朝刊 by 田辺裕晶
印刷のデジタル化で時代の表舞台から姿を消した「活版印刷」が、デザインにこだわる若者たちから熱い視線を集めている。活字を一つ一つ組み上げて印刷するアナログな工程や、へこみやかすれがあっても暖かく力強い文字が、整然としたプリンター印刷に慣れた目には新鮮な魅力になっている。

平川さんが組んだ「いろはにほへと」=東京都中央区の「弘陽」
平川さんが組んだ「いろはにほへと」=東京都中央区の「弘陽」

初心者教室人気
1辺4ミリほどの細かい活字を、あっという間に組み上げていく。「時間がかかる分だけ、一つの作品ができるたびに感動しますね」と、金子瞳美さん(25)は目を細める。隣で原稿に沿って文字を拾う「文選」をしていた平川珠希さん(34)は「文字に“命”がある。人の手がかかったぬくもりを感じます」と魅力を語る。

印刷会社「弘陽」(東京都中央区)では、技術を身に付けたい若者たちに活版印刷の機材を開放している。代表の三木弘志さん(59)によると「昨年から若者の弟子入り志願や、名刺などの注文が急増している」という。盛り上がりを受けて、今年2月からほぼ毎月開催している初心者対象の活版印刷教室「活版工房」は毎回、募集開始から半日で定員が埋まる盛況ぶりだ。

母校の都立工芸高校で活版技術の授業を行った際、生徒たちが想像以上の興味を示したことに感動し、数年前から若者を教え始めたという三木さん。「職人は閉鎖的で外部の人間に技術を教えない傾向がありましたが、それではだめ。全滅に近い状態にある活版印刷を、できるだけ長く残していくのがわれわれの役目」と話す。

注文店も登場
白を基調にした店内に、レターセットや原稿用紙、ポストカードなどの紙製品が並ぶ。印刷には活版が用いられ、素朴な風合いが紙の暖かな素材感とよく似合う。

今年6月にオープンした「パピエラボ」(東京都渋谷区)は、「紙と紙にまつわるプロダクト」を扱う店だ。運営するのは江藤公昭さん(29)ら3人。5月、「失われつつある活版印刷の文化を再考してほしい」と、都内で開かれた「活版再生展」の企画・準備に参加し、2週間で集まった約5000人の熱気に潜在的需要の高さを実感。意気投合して店を開いた。

紙にまつわる製品が並ぶパピエラボの店内=東京都渋谷区
紙にまつわる製品が並ぶパピエラボの店内=東京都渋谷区

江藤さんは「活版が好きでも、これまでは気軽に印刷を頼んだり、製品を手に入れられたりする“窓口の店”がなかった」という。店では活版印刷の名刺やダイレクトメールも受注。今は提携している印刷所に発注しているが、来年6月ごろ、都内に自分たちの印刷工房を開設しようと準備を進めている。

生き残る道は
「活版印刷は産業としてはすでに終わっています」。「印刷博物館」(東京都文京区)の学芸員、中村麗さんは語る。ピークの大正期には「東京印刷同業組合」の所属だけで従業員100人以上の大規模な活版印刷所が16軒あったが、現在は印刷所自体が数えるほど。植字工の技術も、60〜80歳代の職人が引退すれば途絶えてしまう。

だが「風合いを楽しむ“工芸”の一つとして、レベルの高い“趣味”として、残っていく道はある」(中村さん)。今年3年ぶりに復活した同館の活版印刷講座(年間)にも、5人の定員に約50人の応募があるなど、一般の人の関心は高い。

弘陽の三木さんは「活版印刷が生き残るには、職人と若者の、感覚のギャップを埋めなくてはいけない」。従来は整然と美しく印刷できることが技術の高さだったが、若者が求めるのは“味わい”だ。インク印圧のへこみや、かすれがなければ、逆に「こんなの活版じゃない!」と納得しないことも。

このため、工房では受注時に客の好みを綿密に聞いている。「職人たちが培った技術に固執せず、いかに次代を担う若者たちとコミュニケーションをとるか。それがカギです」と三木さんは言葉に力を込める。

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