わたしは、プロの作家に与える文学賞というものが存在しない、ジュニア向け小説の世界でデビューしました。2005年9月から大人向けの単行本を出すようになり、2007年の春に初めて、プロの作家を対象としたエンターテインメント小説の文学賞の候補になりました。
根っからの小説オタクでもあり、選考委員の顔ぶれを見ると、こんな先生方に自分のつたない作品を読んでもらえるのかと、毎回わくわくしてなりませんでした。だから落選したときも、それはおいといて、なにより選評が楽しみで、何度も何度も読みかえしてはノートにスクラップしていました。
その中でも、鮮烈な印象を残した選評がありました。前回『赤朽葉(あかくちば)家の伝説』で直木賞の候補になったとき、ある選考委員が、年若い候補者たちに投げかけた言葉です。
「悪意の不在は作者の世界観に拠るところであるが、苦悩の不在は文学の背骨そのものの不在であろう」
わたしに言われたんじゃないもん、などと考えてはいけない気がしたし、自分は書けてるもん、と終わらせたらだめだなぁと思いました。それから半年のあいだ、おおげさではなく、毎日毎日、これについて考え続けていました。日中もですが、夜になって眠ろうと電気を消すと、思いだしてしまって暗闇で目がピカリと光り、ぜんぜん眠れませんでした。
平和な時代でも、恵まれた世代でも、関係なく、生きてさえいれば苦悩は存在すると思います。だけどもわたしたちはいま、そのことを、世代のちがう相手に伝えあえないでいる気がする。父母の世代の、見えざる苦悩に思いを馳せ……、自分の世代を代弁せんと考えこみ……、もっと年若い人たちの息苦しさももちろん……、わたしは小説家としてなんとか表現したいと思いました。みんなが感じているけれど、いまだ言葉にされて「形」を与えられていない感情。それを「物語」にして提示するのが、小説家の大事な仕事の一つなのではないか、とも考えました。
今回、『私の男』で2度目の直木賞候補になり、様々な意見もある中「選考委員は大ばくちを打ったのかもしれないが」「この作品をあえて世に問いたい」と、受賞作に選ばれたと聞いています。この言葉が、わたしはとてもうれしかったです。
『私の男』は、言葉にされて「形」を与えられたことのない、しかし時代や世代に関係なく誰の心にも巣くっているはずのある「苦悩」、つまり異性の親や子に対する、人間のエゴイスティックな慕情について、提示せんとした作品です。わたしはこのテーマを描こうとしたとき、反道徳的であることや批判を恐れず、小説家が社会に対してできる仕事をしたい、と考えました。
選考委員の先生方に深く感謝します。選考会でも議論されたとおり、つたない筆ではありますが、つぎの作品、つぎの作品と闘い続け、成長することで恩返しをしたいと考えています。(寄稿)