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世代超え「苦悩」伝える
桜庭一樹 直木賞受賞によせて 
2008/2/6 産経新聞  東京朝刊
わたしは、プロの作家に与える文学賞というものが存在しない、ジュニア向け小説の世界でデビューしました。2005年9月から大人向けの単行本を出すようになり、2007年の春に初めて、プロの作家を対象としたエンターテインメント小説の文学賞の候補になりました。


根っからの小説オタクでもあり、選考委員の顔ぶれを見ると、こんな先生方に自分のつたない作品を読んでもらえるのかと、毎回わくわくしてなりませんでした。だから落選したときも、それはおいといて、なにより選評が楽しみで、何度も何度も読みかえしてはノートにスクラップしていました。

その中でも、鮮烈な印象を残した選評がありました。前回『赤朽葉(あかくちば)家の伝説』で直木賞の候補になったとき、ある選考委員が、年若い候補者たちに投げかけた言葉です。

「悪意の不在は作者の世界観に拠るところであるが、苦悩の不在は文学の背骨そのものの不在であろう」

わたしに言われたんじゃないもん、などと考えてはいけない気がしたし、自分は書けてるもん、と終わらせたらだめだなぁと思いました。それから半年のあいだ、おおげさではなく、毎日毎日、これについて考え続けていました。日中もですが、夜になって眠ろうと電気を消すと、思いだしてしまって暗闇で目がピカリと光り、ぜんぜん眠れませんでした。

平和な時代でも、恵まれた世代でも、関係なく、生きてさえいれば苦悩は存在すると思います。だけどもわたしたちはいま、そのことを、世代のちがう相手に伝えあえないでいる気がする。父母の世代の、見えざる苦悩に思いを馳せ……、自分の世代を代弁せんと考えこみ……、もっと年若い人たちの息苦しさももちろん……、わたしは小説家としてなんとか表現したいと思いました。みんなが感じているけれど、いまだ言葉にされて「形」を与えられていない感情。それを「物語」にして提示するのが、小説家の大事な仕事の一つなのではないか、とも考えました。

今回、『私の男』で2度目の直木賞候補になり、様々な意見もある中「選考委員は大ばくちを打ったのかもしれないが」「この作品をあえて世に問いたい」と、受賞作に選ばれたと聞いています。この言葉が、わたしはとてもうれしかったです。

『私の男』は、言葉にされて「形」を与えられたことのない、しかし時代や世代に関係なく誰の心にも巣くっているはずのある「苦悩」、つまり異性の親や子に対する、人間のエゴイスティックな慕情について、提示せんとした作品です。わたしはこのテーマを描こうとしたとき、反道徳的であることや批判を恐れず、小説家が社会に対してできる仕事をしたい、と考えました。

選考委員の先生方に深く感謝します。選考会でも議論されたとおり、つたない筆ではありますが、つぎの作品、つぎの作品と闘い続け、成長することで恩返しをしたいと考えています。(寄稿)

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桜庭一樹

さくらば・かずき 昭和46年、鳥取県出身。平成11年に作家デビュー。昨年、『赤朽葉家の伝説』(東京創元社)で日本推理作家協会賞受賞、直木賞候補に。今年1月、『私の男』(文芸春秋)で直木賞を受賞した。

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