箸(はし)遣いのできない大人が増え、しつけや作法の大切さが見直される一方、おかしな椀(わん)の持ち方が子供や若者ばかりか中年世代にも増えている。“わしづかみ”や“掛けづかみ”など。識者は「器を持ち上げる日本独特の文化を大切に」と訴え、体験授業など教育現場でも作法見直しの動きが出ている。
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「これが基本で美しいお椀の持ち方ですよ」と手本を示す小倉朋子さん |
2月中旬、主婦が料理店のランチなどを食べて評価する民放番組で、主婦の1人がご飯茶碗を横からわしづかみし、同行の男性アナウンサーは下から指を広げて持っていた。番組を見た70代女性は「わしづかみや、人さし指と中指を内側に入れる掛けづかみは街の食堂で若い男性がよくしているが、いい年をした主婦やアナウンサーまで…」と、ため息をつく。
「今は60代でも少なくないし、食のプロの調理師や料亭の配膳(はいぜん)係でも、きちっと持てない人がいる」と話すのは『グルメ以前の食事作法の常識』などの著書があるフードプロデューサーで、マナーと食文化の教室「食輝塾」主宰者の小倉朋子さん。「大人の不作法がテレビなどに映れば、多くの子供の目に触れ、影響が大きい」と指摘する。
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左から、わしづかみ、掛けづかみ、広げ持ち、横づかみ |
出演者の不作法映像の扱いについて、日本民間放送連盟は「特に取り決めはない。各局が個別に判断する」(会長室)とし、NHKも「新放送ガイドラインで、放送は品位と節度を心がけるとあり、この範囲で対応する」(広報部)。実情は現場任せで、担当者が作法を知らなければ、不作法映像が垂れ流しになるわけだ。
小倉さんは「お椀など糸底のある器は、指4本をそろえて糸底にあて、親指でふちを支えるようにするのが、基本で美しい持ち方」。そして「これには(1)安定する(2)料理が熱くても持てる(3)塗りや柄を隠さず器自体の美を保つ−といった理由があります」と解説する。
「昔は親に言われるまま身に付けたが、今は“別にいいじゃん”となる。でも料理は素材の命をいただくもので、素材を育て、料理を作った人にも感謝する心が大切。わしづかみは料理を手で覆うことにもなり、素材や作った人に失礼です。掛けづかみは、器の内側に指が入るのでダメ」
そして「戦後の混乱や洋風化で、和食の作法は乱れる一方ですが、器を持ち上げる食事は日本独特の文化。長い伝統に培われた作法を、生活が豊かになった今こそ大事にしたい」と小倉さん。
教育現場でも作法を見直す動きが出ている。福岡県二丈町の町立一貴山(いきさん)小学校では昨年、卒業前の6年生が対象の「お膳座り」を約40年ぶりに復活。今年も2月6日、地元の小笠原流礼法師範を招き、6年生36人が参加した。「部屋に入るところから、お辞儀、箸・椀の持ち方などの講義と実地指導を受けた」と森田泰生校長。「特に若者の箸・椀の持ち方が乱れているのを目にするので、子供たちには卒業前に正しい作法を知ってほしい」と話す。
食事作法の乱れの背景として小倉さんと森田校長がともに指摘するのが、子供が一人で食事する「個食」の影響。「作法は周りの人を不快にさせない思いやりでもある。一人で食事をしていると、その心も育たない。家族一緒の食卓でのしつけが大切」と話す。