
合唱部のメンバーを引っ張り、声高らかに歌いあげる。自信に満ちた顔がスクリーンに広がる。
高校合唱部のソプラノリーダーを演じた女優は、作品で見る限り「本当に歌が得意そう」なのだが、その答えは意外だった。
「実は苦手です。合唱は初めての経験ですし。それが理由で最初はこの映画の出演にも抵抗がありました」
新作映画「うた魂(たま)♪」(田中誠監督)で彼女が合唱やソロパートで披露した歌はあまりにも本格的。てっきり、幼いころからレッスンを積んだに違いない…と思っていただけに驚いた。やはり撮影前に猛特訓を積んだ?
「時間があまりなかったんですよ。レッスンを始めたのは撮影の3カ月ぐらい前でしたから」
役作りとはいえ、短期間でここまで歌唱力と合唱の技術を身に付けるとは…。まだ16歳で、今月高校2年になったばかり。「間違いなく天才」。並はずれた彼女の演技力を評する、多くの監督たちの言葉がまざまざと思い出された。
≪七浜高校合唱部のかすみ(夏帆)は自分の歌唱力と容姿に絶対的な自信を持っていた。だが、あるきっかけからプライドを喪失。大好きだった合唱をやめる決意を固める…≫
出演を決めたのは「脚本があまりに面白かったから」。歌には自信がなかったが、いったん決めたからには歌を猛練習し、苦手意識の克服に努めた。
撮影開始までに練習期間を十分確保できなかったことは田中監督も承知で、最悪の場合、合唱の歌声は吹き替えにすることも想定していたという。しかし、杞憂(きゆう)に終わった。
高音域にまで響く伸びやかな歌声。情感を込めて歌いあげる表現力−。吹き替えなどまったく必要とさせない、彼女の上達ぶりを田中監督は「プロ意識の賜(たまもの)」と絶賛した。
当の本人は「同年齢の女の子が集まって合唱練習するのは、学校の部活みたいで楽しかったです」と無邪気そのもの。まさに天衣無縫。手練の監督たちが「天才女優」と呼ぼうが、周囲がどのように称賛しようが、そんなことには、まるで関心がないらしい。
小学生のころにモデルとなり、多数のドラマや映画に出演。女優としてのキャリアは長いが、「正直、これまで女優という仕事と正面から向き合うことができなかった。女優という職業を意識し始めたのはここ1年以内です」と明かす。
転機は昨年の初主演映画「天然コケッコー」の現場で訪れた。「“そこにいること”に喜びを感じた。例えばクランクアップの瞬間の充実感…。映画現場には素直にすてきだと感じる一瞬がある」
映画女優の醍醐(だいご)味を知った彼女は映画の現場を「私にとって今一番、居心地のいい場所」とはにかみながら答えた。
映画では合唱部のリーダー的存在、素朴な田舎の中学生役などを演じ、CMの中で求められたキャラクター像も“美少女の転校生”だった。若手女優としては順風満帆だが、イメージが固まりつつあることに本人は不満だ。「優等生的な役柄ではなく、まったく違う役柄にも挑戦したいです」
作品ごとに見る者を驚かせる−。そんな期待を抱かせる映画女優の成長に要注目だ。
プロフィル夏帆
かほ 平成3年、東京都生まれ。子役としてデビューし、ティーン向けファッション雑誌のモデルやCMなど活動ジャンルを広げる。平成18年、「小さき勇者たち〜ガメラ〜」のヒロイン役で映画デビューを果たす。昨年の「天然コケッコー」で映画初主演。今年は「東京少女」「砂時計」などの出演作が相次いで公開される。「うた魂♪」は5日から全国ロードショー上映。