第138回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考委員会が16日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞は川上未映子さんの「乳(ちち)と卵(らん)」(「文学界」12月号)、直木賞は桜庭一樹さんの「私の男」(文芸春秋)に決まった。
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握手する芥川賞受賞の川上未映子さん(右)と直木賞の桜庭一樹さん |
記者会見が同夜、東京・丸の内の東京会館で行われた。川上さんは「すごくびっくりしています。めっちゃうれしい。いや、めさんこうれしい」と自身の小説と同じ言葉であいさつ。桜庭さんは「今までにないものを書いて、書ききったものが評価を受けてうれしい」と喜びを語った。
川上さんの「乳と卵」は、東京・三ノ輪の「わたし」の部屋で、大阪からきた姉の巻子と小6の娘、緑子が過ごした夏の3日間が描かれる。女性たちの不安やいらだちを大阪弁でつづっている。選考委員の池澤夏樹さんは「文句なしの受賞。文章がよい。読んでいて声が聞こえてくる」と評価。
桜庭さんの「私の男」は、親子の禁忌の愛をつづるミステリー。圧倒的な筆力で不気味な世界を構築している。選考委員の北方謙三さんは「反社会的なものもあるが、あえてこれを受賞作として世に問うてみたい。作家としての可能性を豊穣(ほうじょう)に感じた」と資質を高く評価した。
また、今回初の中国人作家として芥川賞候補になった楊逸(ヤンイー)さんについて池澤さんは最後まで議論になったことを明かし、「次を待ちたい」とした。
贈呈式は2月22日、東京・丸の内の東京会館で行われる。賞金は100万円。
川上さん 大阪弁で「私」を洞察
「待っている間、ものすごい緊張していました」
肩書は文筆歌手。平成14年に歌手デビューし、その一方でブログやエッセー、詩を書いてきた。「音楽も文筆も根は同じ」という。そして、初の小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」が前回芥川賞候補となり一躍、注目された。
ほとばしる大阪弁が魅力の文体は、「運動したいとき履きたい靴の感じで、しゃべる調子。運動神経や反射神経でやっている」と説明する。
作品に一貫するのは、「私」についての洞察と「言葉」をめぐる問題。「小さなころ、ロボット型の遊具に入って出たとき、『私は私の“身体”のなかに入っている』と意識した」。ホステスなどをしながら、大学の通信教育で学んだ哲学がそんな思考を裏打ちした。カントやビトゲンシュタインを読み、埴谷雄高の影響を受けた。好奇心はとどまらない。しかし、「音楽ならジョン・レノン、文学なら樋口一葉など、“どメジャー”なものが好き」とも。
受賞作は、物語の構図に一葉、そして「たけくらべ」を借りた。「自分が一葉を読んで感じた“一石投じられ感”をアウトプットとしてやりたかった」という。
「病気かと思うくらい、締め切りがくるまで書けない。薬がほしい」というが、その締め切りに追われる日々がまた始まりそうだ。