第138回芥川賞・直木賞は、芥川賞に川上未映子さん(31)、直木賞には桜庭一樹さん(36)という女性2人に決まった。両賞とも選考委員会では激論が交わされ、受賞者の発表が通例よりもずいぶん遅れるほどだった。選考委員の講評から選考の経過を振り返る。
芥川賞、楊作品めぐり激論

16日午後5時から始まった選考委員会。議論は長引き、7時半ちかくになって、やっと芥川賞が発表された。川上さんの「乳と卵」は「文句なしの受賞」とされたが、9人の選考委員を代表して会見した池澤夏樹氏によると、一番時間を費したのは、中国人作家では初めてノミネートされた楊逸さんの「ワンちゃん」についてだったという。(堀晃和)
今回の候補は計7作品だった。最初の投票で、田中慎弥さんの「切れた鎖」と中山智幸さんの「空で歌う」が落選。続いて、津村記久子さんの「カソウスキの行方」、西村賢太さんの「小銭をかぞえる」、山崎ナオコーラさんの「カツラ美容室別室」が落ちた。残ったのが楊さんと川上さんの作品だった。
初の中国人芥川賞作家が誕生するかどうかが注目されたが、選考委員会の議論も楊さんに集中したようだ。実際、「(受賞の)ぎりぎりまでいった」という。
外国語を母語とする作家が、日本語で初めて書いた小説。「知らない文化、われわれが忘れてしまった生き方を中国から日本語文学に持ち込んだ」と肯定的な意見の一方で、「この日本語はまだ文学の段階ではない」「芥川賞を出すに価するのか」といった否定的意見も。激論の結果、次回に期待して見送ることになったという。
池澤氏は「良い材料をもっているし文章はいずれ上手になる。次を書いてほしい」と語った。今後も注目を集めるのは間違いない。
一方、池澤氏は受賞した川上作品について「読んでいて声が聞こえてくる。なめらかな大阪弁がらみの文体で、しかし抑制が利いていて非常に巧みに構築されている」と絶賛。男性の委員からは「女性はそんなにいつも生理的なことを考えているのか。読んでいて男としてやりきれない」と疑問も出たが、全面的に否定する意見はなかったという。
候補作
☆川上未映子「乳と卵」
田中慎弥「切れた鎖」
津村記久子「カソウスキの行方」
中山智幸「空で歌う」
西村賢太「小銭をかぞえる」
山崎ナオコーラ「カツラ美容室別室」
楊逸「ワンちゃん」
直木賞、作家の才能に期待

選考委員の北方謙三氏によると、最初に選外となったのは候補6作品のうち3作。井上荒野さんの『ベーコン』は「上手だが、もうひとつ押しと深みが足りなかった」、古処誠二さんの『敵影』は「題材にこだわりすぎて、小説的な昇華が足りなかった」、馳星周さんの『約束の地で』は「意欲的なところはあったが、テーマ性がなかった」とされた。(宝田茂樹)
残る3作による決選投票は激戦となったそうだが、佐々木譲さんの『警官の血』は「重厚によく書かれているが、新しいものが不足していた」、黒川博行さんの『悪果』は「エンターテインメント小説としてよくできているが、最終的に残るものがなかった」と手厳しい評価。「黒川作品と佐々木作品は相打ちになった」という。
一方、「わずかの差」で受賞となった桜庭一樹さんの『私の男』について、北方氏は、「細かい部分の整合性など、おかしいところをあげつらうといくらでもあった」「反道徳的な部分や反社会性が直木賞としてふさわしいかどうか」「人間は書けていない」など、そのうちの1つの理由から選外になってもおかしくないようなコメントを並べ立てたのち、「あえてこの作品を受賞作として世に問うてみたい」との見解を明らかにした。
桜庭作品のどこがそれほどに選考委員会の胸を打ったのかというと「人間の存在が持っている毒と蜜(みつ)が、小説家として期待できる」「非常に濃密な人間の存在感があって、作家的な質を感じさせる」「作家としての才能を豊穣(ほうじょう)に感じる」といったように、多くが作品そのものからは乖離(かいり)した、作家としての素材の評価だった。
作品に関しての言葉は「全体が持っている存在感」「これまでになかった、選考委員会が知らなかったもの」「神話性」といった、非常にあいまいな表現に終始した。
それにしても、こき下ろされているのか、褒められているのか、これほど両極端の評価がぶつかりあっての受賞は珍しいだろう。
候補作
井上荒野「ベーコン」
黒川博行「悪果」
古処誠二「敵影」
☆桜庭一樹「私の男」
佐々木譲「警官の血」
馳星周「約束の地で」