記者の眼前に立つ小柄でにこやかな初老の紳士。宿泊先のホテルから東京・六本木の取材場所まで約10分、てくてく歩いてやってきた。この人がロック史に残る英のバンド、ポリスのギター奏者だとはにわかに信じがたい。
握手してもっと驚いた。柔らかく小さな手。普通のギター奏者なら指がねじれてしまうような複雑なコード(和音)を、この手が難なく押さえ、演奏している…。
結成30周年となる昨年、再結成し、2月に27年ぶりの来日公演を果たしたポリス。今回の来日は昨年の5月末のカナダ・バンクーバーから始まった世界ツアーの一環だが、北米では約140億円を稼ぎ、昨年行われたロックやポップスのコンサートの興行収入ランキングで1位になるなど予想以上の人気を集めた。
「ツアーは長く、バンドの調子が良い日も悪い日もあるが、どの公演会場でも同じ質の演奏を披露し、観客を楽しませることを心がけているよ」
こと日本については特別な思い入れがあるとか。「過去の来日公演も素晴らしいものだったよ。ファンはとても誠実に接してくれるしね」
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「ツェッペリンのように音のでかいギター・バンドに頑張ってほしい」と話すアンディ・サマーズ。ロック魂はいまだ健在 |
この言葉に偽りはない。80年と81年に来日公演を行っているが、実はそれだけではない。デビューアルバム「アウトランドス・ダムール」(78年)収録の「ソー・ロンリー」のプロモーション・ビデオはメンバーがお忍びで来日し、東京の都営地下鉄浅草線の車内や駅構内で撮影したことはファンの間では有名だ。
今回の再結成公演でも、2月13日の東京ドームでのステージでは、1回目のアンコールの最後の曲「見つめていたい」(83年)が終わってもサマーズだけはステージに残り続け「まだ聞きたいか?」と派手なジェスチャーでひょうきんにおどけてみせ、残り2人のメンバーがやれやれという感じでステージに登場。2回目のアンコールでデビューアルバムの冒頭を飾る「ネクスト・トゥ・ユー」(78年)を演奏し約4万人の観客を沸かせた。
昨年8月、一足先に彼らのステージをニューヨークで見たが、こんな粋な演出はなかった。誠実な日本のファンへのプレゼントなのだろう。
ポリス解散後は音楽に加え、文筆業や写真家としても活躍。来日に合わせ東京・六本木の未来画廊で彼がポリス時代に撮影した世界ツアー中のバンドの様子など私的なショットを網羅した写真展「アイル・ビー・ウオッチング・ユー:インサイド・ザ・ポリス 1980−1983」が10日まで開催中。名ギター奏者のもう一つの才能がうかがえる。
世界ツアーは8月まで続くが、その後、ポリスとして新作の製作に入るとのうわさもある。しかし、本人いわく「本当に何も決まっていないよ」。
ところで、大衆文化の中で、昔ほどロックが強い力を発揮していないようだが−
「そう思うかね? 確かに60年代はビートルズ、70年代はレッド・ツェッペリンのような傑物が存在したが、年を追うごとにそうしたバンドは姿を消した。でも、欧米での僕たちの公演には予想以上の若者が詰めかけた。君が言うほど状況は悲観的じゃないはずだ」
ロックの話になると止まらない。「やっぱりツェッペリンやレイジ・アゲンスト・ザ・マシーンのように音のでかいギター・バンドに頑張って欲しいよ」
カメラとギター手放さず
日本の芸能人と違って、超大物でもお付きがぞろぞろ取り巻いて機嫌を伺ったりしないのが欧米のセレブ(有名人)の特徴。サマーズも来日中は普通の旅行者のように家電量販店で買い物をしたり、気軽にうろうろ。
そんな彼が片時も離さないのが愛用のカメラ。「移動中でも暇があればいろんな風景をまめに撮影していました」(日本側スタッフ)。
もうひとつはギター。ギター奏者だけに商売道具への愛着は人一倍だが「当人も詳細は教えてくれないんですが、一本だけとても大切にしているフォークギターがあって、その一本だけは自分で肌身離さず持ち歩いていしたね」(同)。