この人の存在にはひそかに注目していた。事故で四肢麻痺(まひ)となり、自ら安楽死を選ぶ中年男性の生きざまを描く「海を飛ぶ夢」(2004年)。実話が題材のこの感動作を手がけたアレハンドロ・アメナーバル監督を当時、ロサンゼルスで取材した際「バルデムの演技は本当に素晴らしい。彼は今後、さらに注目される存在になるよ」と大絶賛していたからだ。ハリウッドが注目していた新進気鋭の若手監督アメナーバルが注目するスペイン人俳優…。
あれから約3年。監督の読みは正しかった。今年度のアカデミー賞候補となった多くの俳優の中でも、ダニエル・デイ=ルイス(主演男優賞獲得)と彼の演技は群を抜いており、ハリウッドでは最も早い時期からこの2人が「受賞当確」(米映画業界関係者)と言われていた。
そんな彼だが、受賞については努めて謙虚に受け止めている。
「僕をデイ=ルイスと比べてくれるなんて、思わぬ贈り物をいただくようなうれしさだよ。彼の主演作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は5回見たよ。俳優としての力量に感服したね。マーロン・ブランドの名を継いでもいいと思う。というよりブランドより一歩先を進んでいるのでは?」
他人の演技を語る口調は饒舌(じょうぜつ)でユーモアのセンスも欠かさない。「デイ=ルイスと僕との共通点は目の白い部分だけだね」
受賞作「ノーカントリー」(監督・脚本=コーエン兄弟)では、麻薬売買の資金を奪った主人公を追う不気味な殺し屋シガーを演じた。オカッパ頭にボンベ付き圧搾空気銃をたずさえ、無表情で人を殺すキャラクターは強烈だ。
「原作ではシガーのキャラクターに関してあまり説明がなされておらず、さまざまな解釈が可能だった。そこでコーエン兄弟と話し合って彼のキャラクターを作り込んだ」
強烈な印象を残すオカッパ頭については「議論の余地なし(笑い)。彼らが『いいアイデアがある』というので黙ってメーク室で座ってたら30分後、あの髪形になってたよ」。
シガーとはどんな人物?
「精神的かつ哲学的な場所に存在し、ひとつの世界観しか持たず、葛藤のない男なんだ」。それはまた米国の一面でもある。「ノーカントリー」は暴力が半ば“正義”としてまかり通る米国を浮き彫りにする。そんな米国を「多民族化が進み過ぎ、自身のアイデンティティーを模索し辛くなった大国。矛盾にもがいているようだ」と評する。
デビュー作「ブラッド・シンプル」(1984年)以来の大ファンというコーエン兄弟との仕事には大満足だが「気に入っている場面。僕が登場していないところが好きだな」。
今後、挑みたい役柄はシェークスピアの「リチャード三世」という。シガーとは次元が違う大悪役だ。「彼より深いインスピレーションを与えてくれる作家はいないからね。しかしその前にもっと演技力を磨かねば…」
物静かなたたずまいとは裏腹に、実はヘビー・メタル音楽の大ファン。「AC/DCやジューダス・プリーストが大好きなんだ。最高だろ?」と笑う。同じくメタル・ファンの記者とメタル談義している時が一番楽しそうだった。