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生きる希望を伝えたい
元劇団四季女優、井料瑠美 命と向き合う
2008/5/21  産経新聞東京朝刊 by 北村理
劇団四季の看板女優だった井料瑠美さん(41)の父親、敬(たかし)さん=当時67歳=は10年前、全身の運動神経が侵されるALS(筋萎縮(いしゅく)性側索硬化症)で亡くなりました。その最期を看取った井料さんは「診断からあまりにも速い病状の進み具合に人生観も変わりました」と話します。

井料瑠美「人工呼吸器をつけますか」。医師の一言から、父の闘病生活が始まりました。何の病気かも理解できないまま、私たち家族は、生か死か厳しい選択を突きつけられることになったのです。

ALSは筋力低下と筋肉の萎縮を起こす神経性の疾患です。父は当時、歩けたのですが、しゃべりにくくなり、呼吸困難が起こり、つばがたまるだけで苦しむほどでした。足から罹患(りかん)したALSは数年は生きられるのですが、父は上半身から罹患し、10カ月で、あっという間に病状が進行したのです。

告知を受けた鹿児島の病院では、「治らない病気は治療できない」と言われ、地元の宮崎で病院を探しました。

2カ月後、宮崎市内でALSの方を看取った経験のある病院が見つかりました。神経内科の先生がとても人徳のある方で、「病気と闘うのではなく、病気とともに生きていく方法を考えましょう」と言ってくださったので、家族も精神的に一息つけました。

当時、私は名古屋でミュージカルに出演中でしたが、週2日の休演には宮崎に帰って看病しました。母ひとりでは心身の疲労が激しかったからです。ただ、父のそれ以降の生活は自宅で、と思っていました。父は「家に帰りたい」と言っていましたし、とても繊細なので、治らない病気と分かっていて、ひとりで病室に閉じこめていてはいけないと考えたからです。

父は転院して3カ月後に人工呼吸器をつけ、さらに2カ月後には胃に直接栄養剤を入れられるよう、胃ろうも作り、自宅で生活できるようリハビリにも取り組みました。家は緑の多い所に建て替え、バリアフリーにして、リビングにいつも光が入って、家族で見守れるようにしたんです。

地元では当時、ALSという病気への理解はほとんどありませんでしたが、ようやく準備が進み、医療や福祉の人が受け入れ準備の会合をしてくれた日に、父は亡くなりました。「もういいよ」と言わんばかりにね。

病院での最後はICU(集中治療室)でした。父はICUのカーテン1枚隔てた所でほかの患者さんが亡くなっていくのを、ずっと聞いているわけです。そのたびに自分の死を思うのか涙を流すので、たまりかねて、父の耳を塞(ふさ)いだこともありました。

振り返ってみれば、死と向きあわざるをえなかった私たち家族に必要だったのは「心の救済」でした。

後に父が病床で書いた詩が出てきたのですが、そこには「音楽が自分を再生してくれる」というようなことが書かれていました。三度の食事より音楽が好きな父でしたから。その夢を闘病中にかなえてあげられなかったことに今でも悔いが残ります。

看病の経験は私の人生にも影響しました。本当に音楽を必要としている人のなかには、父のように劇場に来られない人がいるんだと気づいたのです。

どうしたら、そんな人に向けても表現できるのか。父が亡くなって10年ですが、常に模索しています。今年3月には、ALSとの闘病をテーマにした音楽朗読劇をチャリティーで公演しました。ベースは、全米でミリオンセラーとなった「モリー先生との火曜日」。ALSにかかった大学教授が、教え子と生きる意味について語り合う日々をつづったもので、実話に基づいています。父が亡くなった直後に原作に出会ったのですが、本の意味を理解するのに時間が必要でした。今回の公演を機に、患者さんのベッドサイドへも行くつもりで、生きる希望を伝えられる活動を続けたいと思います。

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いりょう・るみ 昭和42年、宮崎県生まれ。平成元年、劇団四季入団。「オペラ座の怪人」「美女と野獣」など、多くのミュージカルでヒロインを演じる。13年に退団後もミュージカル、ステージなどで活躍。今年3月、弟で演出家の拓也さんとチャリティー音楽朗読劇「モリー先生との火曜日」を上演した。

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