LongInterview
   

下の各ジャンルをクリックしてください。
SUMiRE STYLE
CinemClip
Webコレ聴き隊
nEWs
3o'clock
テレビ・放送関係の記事
音楽関係の記事
舞台関係の記事。歌舞伎や古典芸能もこちら。
話題・事件 結婚・離婚などはこちら
ほっ…とえなっく。ほっとひといきつける読み物記事の特集です。
広瀬光治の編み物専科
桂小米朝の私的国際学
訃報

大貫妙子2
質問「Library」の制作は、きわめて客観的に「大貫妙子」を俯(ふかん)瞰する作業だったと思われます

大貫妙子回答いえ、私は、自分のやっていることを、常に客観的に俯瞰してます。

質問とはいえ、実際に古い録音を、マスターテープ(おおもとの録音)で聴き直してみていかがでしたか? 懐かしかったですか? あるいは何か発見は?

大貫妙子回答マスタリング(音質調整)作業にも立ち会いました。そもそも1枚のCDにするためには、(録音された)年代によって異なる“音像”をそろえなくてはならない。昔の録音は当然、ほとんどがアナログで、演奏も打ち込み(コンピューターなどの機器による演奏)なんかほとんどないので、アナログ的な音が際だつマスタリングをしました。“いま、聴きやすい音”になっていると思います。CDって、その時々に聴いてもらうもの。今この時点で聴きやすい音にするのがベストだと思うんです。昔の音のほうがよかったという方もいるかもしれませんが、そういう方には、もとのCDのほうを聴いていただきたい。

大貫妙子 マスターテープの中には、よれよれで再生できないものもありましたが、今回のようにレコード会社4社にまたがった音源を集めることができたなんて、(権利関係などで)昔だったら考えられない。本当にありがたい。

懐かしいという感じるより、「このときの歌、ひどい」とか「もうちょっとなんとかならなかったのか」とか。そんなことを思いました。やっぱり、思い出すのね、レコーディングしたときのことを。

発見はありますよね。ソロになったころの音源を聴くと、全部の演奏が人間によるものですが、これが本当にうまくい。全員20代だったことを考えれば「ほんとうに昔の演奏家は演奏がうまかった」と、しみじみ思った。すごくいい音なんですよ。当時の坂本龍一とか、細野(晴臣)さんとか…。びっくり。音楽って、演奏家がいてこその音楽なんだって思いましたね。1980年代からは打ち込みができるようになったので、楽器の演奏ができなくても、譜面が読めなくても、音楽が成立するようになったのですが、結局、そういう音楽では、ライブできない。ライブできる演奏家がいてこそ音楽なんだ。ライブでこそ真価を問われる。どんなにレコーディングできれいに作ったところで、ライブでへただと、やっぱりねえ、どうしようもないですから。

質問−−初期の自分自身から刺激を受けた、と?

大貫妙子回答うん。音楽の本質のありかを再確認しましたね。もちろん、これまでにだって、ちょこっと聴いたりはしてましたけど、しみじみ聴くと、そう思いますね。しみじみ聴くと!

ただ、刺激という意味では、今回聴き直す以前から、アルバム「note」(平成14年)から、再び、打ち込みを全く使わなくなっているんです。ドラムももちろん、演奏家による生音です。ミュージシャンがいる限り、彼らとやるのがベスト。これからもそうするつもりです。そういうふうにレコーディングすると、そのまんまんライブで再現できるので。打ち込みを使うと、ライブで、そのとおりにはならないんですよ。全然違う音楽になっちゃう。

質問しかし、考えるまでもなく、「グレイ スカイズ」(昭和51年)「サンシャワー」(52年)のころは、みなさん20代だったわけですね。「20代だったからできた」。そういうものも、音楽にはあるのでしょうね

そうですよ。♪あのころ、みんな、若かった。もう50歳過ぎちゃった。 やっぱり、20代のころは、勢いがありますよね。それにあんまり深く考えなくても、「これだ」と決定を下せる。大人になるとこだわる部分が変わるというか、間口が広くなるんだけど、許容することが多くなる。すると、そういう部分が音に出ます。だから、ラブソング1つとっても−−特に歌詞の部分がそうですが−−若いころは、愛とか恋とかにのめり込むタイプで、それをずうっとみつめて歌詞にすることが多かったけど、30年たつと、「好き」が人間愛に近くなってきちゃう。どうしても、そういうふうになっちゃいます。もう、恋の“芯”の1点だけをみつめて歌詞をかくことはなかなかできない。

でも、それは、いいと思うんですよ。だからこそ続ける意味がある。この歳になって昔の「新しいシャツ」みたいな歌詞を書いてくださいといわれても、かけないけれど、今の曲は20代のときにはかけなかった。この年齢になって見えてくるものが確実にあるので、それを音楽にしていくことが、自分のやっていくことだと思っている。昔にこだわるのじゃなくて。

次のページ 大貫妙子@LONG INTERVIEW    次のページ
Library
〜 Anthology 1973-2003 〜
東芝EMI
TOCT-25187〜8(2枚組)
¥3,200(TAX-IN)
PROFILE

昭和28年11月28日、東京都生まれ。48年、山下達郎らとシュガー・ベイブを結成。

50年に日本で初めて都会型のポップスを確立した名盤と名高いアルバム「ソングス」を発表。

51年にソロ活動開始、同年9月にソロアルバム「グレイ・スカイ」を発表。以来坂本龍一、小林武史らをプロデューサーに迎え、ヨーロッパテイストに満ちた55年作「ロマンティーク」など、一貫した繊細さと美意識を感じさせつつもバラエティー豊かな世界観と、静謐なボーカルに人気が集まり、オリジナルアルバムは最新作「note」まで24枚を数える。

CM/映画音楽の作品も多く、平成10年には「東京日和」で第21回日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。

音楽活動の傍らアフリカ、ガラパゴス、南極など世界各地に足を運び紀行文を発表するなど、執筆活動も活発に行う。

また、ティンパン(細野晴臣、鈴木茂、林立夫)への客演、奥田民生、鈴木慶一、宮沢和史、矢野顕子とのコンサートツアー「Beautiful Songs」、Super World Orchestraと共演した第4回東京国際音楽祭等へ出演。


15年に入り、“NHKみんなのうた”への楽曲「金のまきば」書き下ろしや、スタジオ・ジブリ初の洋画配給作品「キリクと魔女」(仏)のイメージソング制作など、各界からのオファーは絶えない。

デビュー30周年を迎え、同年10月29日にシュガーベイブ〜30年間の軌跡を初めてコンパイルしたアンソロジー「Library〜Anthology1973-2003〜」を発表。