ENAK TOPへ
SUMiRE STYLE
全組index花組記事index月組記事一覧へ雪組記事一覧星組記事一覧宙組記事一覧専科記事一覧へ
SUMiRE MEMO
8月5日 大阪夕刊
by 平松澄子
公演の詳細は公式サイトで

(1)在籍5年 舞台に映える大型トップ
(2)バウ主演で立役の評価高まる
(3)当たり役 苦労重ねた「ファントム」
(4)「いかにリセットできるかが大事」
連載 産経新聞における主な塚関連連載記事は次のとおりです。

・大阪本社が発行する毎週金曜日夕刊の「タカラジェンヌ 夢の軌跡」

・大阪本社が発行する毎月第2火曜日の「宝塚ファンタジア 夢の小部屋」

番組表 東京版朝刊TVメディア面のBS・CS欄にはCSチャンネル「TAKARAZUKA SKY STAGE」の番組表と解説を毎日掲載しています。

僚誌 月刊「TVnavi」に「Stars of TAKARAZUKA」を連載中。
ENAK編集部
編集局文化部
TVnaviサイトはこちら
宙組 和央ようか(2):タカラジェンヌ夢の軌跡
バウ主演で立役の評価高まる
「大上海」の陳君里役
「大上海」の陳君里役
大阪出身。宝塚歌劇は同級生に誘われて見た2度目の観劇で、「ジュテーム」(昭和59年)の大浦みずき(のちの花組トップ)のダンスにあこがれ、「あんなふうに踊りたい。ここに入ろう」と決めたという。

「私もその友だちもバレエを習っていて、2人で勝手に決めて誓い合ったんです。親の大反対を押し切って、1回だけの条件で受験したら合格して。ところが、友だちはドタキャンしたんですよ。今は客席でニコニコ笑って見てますけれど」

人生、何がきっかけになるかわからない。初舞台は昭和63年「キス・ミー・ケイト」で、大浦のトップ披露公演だった。「大浦さんが目の前で踊ってらっしゃる。もういつやめてもいいと思うぐらい超ラッキーで、ミーハーしてました」

雪組に配属され、2年目の新人公演で「ベルサイユのばら〈アンドレとオスカル編〉」のオスカルに大抜擢。主役のアンドレは轟悠(専科)である。「轟さんの初めてのラブシーンの相手が私というのは、今では有名な、歴史的な話。でも当時は稽古場にいることすら申し訳ないような、衝撃的な出来事で全然楽しめなかった」

平成13年に「同〈フェルゼン編〉」で主役のフェルゼンを演じたとき、改めて“ベルばら”が特別な作品だと痛感。「プレスの数の多さも全然違うし、前夜祭では、私よりお客さんの方が作品のことをよく知っていた。神聖な作品だからちゃんとやらなければ」と思ったそうだ。

新公初主演は平成5年「天国と地獄」で、宝塚バウホール初主演は7年「大上海〜グランシャンハイ〜」の陳君里役。スリムな長身にロング丈の中国服がよく似合った。9年のバウ「嵐が丘」では、それまでの宝塚作品にはなかった屈折した主人公ヒースクリフを好演し、立役としての評価を高めた。

10年は香港公演に参加したあと、宙組の発足に伴い、トップの姿月あさとに次ぐ2番手として組替え。「“ベルばら”新公以来の衝撃でした。自分は雪組から出ることはあり得ないと思っていた」そうだが、この組替えがトップ昇格を早めることになる。 (つづく)





このページの上に
(C)2005.The Sankei Shimbun All rights reserved.
spacer.gif