元タカラジェンヌ三矢直(みつや・なお)が二十四日、東京芸大音楽学部声楽科を卒業した。
東京・上野の芸大校内にある新奏楽堂で行われた卒業式。三矢は黒紋付きに緑のはかま姿で列席した。それは、タカラジェンヌの正装である。
「緑のはかま」は、「すみれの花」と同様、タカラジェンヌの象徴。だから、宝塚を辞めた生徒がはくことはまず、ない。退団して女優になったスターも結婚して家庭に入った人もみな、青春のかたみとしてタンスの奥に大事にしまっておくのだ。
が、三矢が卒業式には緑のはかまでと決めたのはじつは、突然のことではない。
平成二年、宝塚を退団した三矢は、在団中から得意だった歌を生かして、テレビの音楽番組やミュージカル舞台に出演していた。しかし、よりグレードアップした音楽活動を目指し、芸大受験を思いつく。中卒で宝塚に入った関係で大検資格を取得、以降、それこそ周囲の人たちから、宝塚にいた人とはとても見えないと驚かれるほどに髪振り乱し、おしゃれも忘れて猛勉強、八年四月、最初のトライで見事に合格した。
その朗報は、「タカラジェンヌから芸大生へ」とマスコミ数社に取り上げられた。
もちろん、本紙も三矢にインタビューした。そのときに、三矢が断言したのである。
「中卒のわたしが、ここまで頑張ってこられたのも、宝塚の厳しい指導があったから。受験日が近づくにつれ、もうダメだと逃げ出しそうになったとき、あのラインダンスレッスンで泣きながらおけいこした自分の姿を思い出し、あの辛さに耐えたわたしだ、と乗り切ることができました」
芸大在学中から、三矢は自らの芸能活動の合間をぬって、後輩タカラジェンヌの歌唱指導に当たっている。
「わたしを育ててくれた宝塚に恩返しがしたい」
それが三矢の夢。
歌唱力の弱さを指摘されていた月組のある新進スターは、三矢の指導を受け、見違えるような安定歌唱になってきた。
「四年間の芸大生活では、とてもクリエーティブな若い友だちと出会えたことがなによりの収穫でした」
三矢が感謝の念から申し出た緑のはかまの着用。
「植田紳爾歌劇団理事長にお伺いをたてたら、どうぞ、ぜひはいてくださいと喜んでくださいました」
000327産経新聞東京夕刊