♪浜の真砂はつきるとも 世に盗人の種はつきまじ…の大見栄で知られる大盗賊、石川五右衛門がなんと、宝塚歌劇のヒーローになった。
先週上演された星組東京特別公演「花吹雪 恋吹雪」(東京・千駄ケ谷の日本青年館大ホール)。
男役の美学が魅力の世界で、あの釜ゆでの盗賊がどんな形になるか心配したが、じつにおもしろかった。
八月に雪組から星組に異動したばかりの安蘭けいが、恋と野望に燃える五右衛門にふんし、持ち前の歌、芝居、踊り三拍子そろった見事なスターぶりで楽しませてくれたのだ。さらに五右衛門の恋人役で登場の秋園美緒、恋敵として五右衛門の命をつけ狙う、伊賀忍者仲間の霧隠才蔵役の夢輝のあ。主演トリオの歌唱力が素晴らしく、歌劇芝居の情感をなによりも膨らませた。
久しぶりに、本当に安定した歌場面に酔いしれた。
ここ数年、ダンスは抜群だが歌がちょっと…、芝居はうまいけど歌がちょっと…と客席でつい、下を向いてしまうスターが、多過ぎた。
この星組舞台、安蘭、夢輝、秋園だけでなく、下級生に至るまで出演者全員、その「ちょっと…」が感じられなかった。
歌場面だけでも十分、楽しめる構成で、このところ、宝塚へ不満ばかりつのらせていたわたしの気持ちを吹き飛ばしてくれた。
二十一世紀へ向けて、大きく弾みそうなスターたち、ユニークな発想をただ、新しさに流れることなくおおらかな演出力で仕上げた作・演出の齋藤吉正、わたしにとって、今年一番の歌劇公演の収穫だった。
うれしくなって、出会った齋藤の手を握ってしまった。これは、大劇場作品になるとけしかけた。
安蘭には、組替えはつらかっただろうが、いい舞台が生まれたねと声を掛けた。
「わたし、和物って本当はあまり好きじゃなかったけど、この五右衛門に出会えてよかったと思います」と、安蘭は言った。
「五右衛門風呂とすごい髪形のイメージしかなくて」と安蘭、最初役作りに苦労したそうだが、「歌舞伎の五右衛門ではなく、田村正和さんがテレビでやった『眠狂四郎』のようなきれいな感じでやって」と齋藤がヒントをくれ、長髪を両肩まで垂らしたスッキリいい男の宝塚の五右衛門が誕生した。そして客席は、安蘭=五右衛門に心を盗まれた。
001113産経新聞東京夕刊