歌手の森進一が夏目漱石の「坊っちゃん」を舞台化、主演している。二十八日まで、東京の新宿コマ劇場で上演中の「森進一特別公演」。第一部の芝居「坊っちゃん」(新美正雄脚本・演出)である。
それが、おもしろい。こんな「坊っちゃん」見たことない、といった新解釈が随所に登場する。
もちろん、無鉄砲で真っ正直な江戸っ子の坊ちゃんが、四国・松山の中学校に赴任、山嵐(新克利)の協力を得て、赤シャツ(石立鉄男)や野だいこ(高松しげお)一派と大騒動を起こすストーリーは同じだが、多少短気で荒っぽい特徴が定着している坊ちゃん像でなく、素朴で実直な青年に描かれている。そこが、まじめな森のキャラクターに似合っていて、いっそう楽しめるのだ。
ことに愉快なのは、乳母の清(藤田弓子)が坊ちゃんを慕うあまり、松山まで追いかけてきてしまうところ。藤田が豆タンクのような和服姿にまんまる笑顔を浮かべ、激しく森につっこみを入れる。表情、所作、これ以上ない愛らしさで迫るから、舞台上でたびたび、苦笑してしまう森のきまじめな図が客席を大笑いさせる。
また、新展開の妙といえるのが、マドンナ(紫とも)の性格付け。ウラナリ(小倉一郎)の婚約者でありながら、赤シャツの金品攻めの横恋慕につい、心が揺らぐという本来の設定が、ウラナリの優柔不断に悩みながら、ふと出会った坊ちゃんに一目ぼれしてしまう。その愛の告白を清にさとされ、泣く泣く坊ちゃんへの恋をあきらめるくだりが、なにか宝塚ふう。
じつは、それもそのはずで、紫は元宝塚の娘役トップスター。長い髪に大きなリボン、明治時代のハイカラおじょうさんスタイルはお手の物だ。かれんな顔立ちに涼しい流し目の色香で、幾人もの男役から「相手役に欲しい」といわれた宝塚娘役の見本のような女優である。杜けあき、一路真輝とトップコンビを組んで退団、しばらく芸能界から離れていたが、この舞台を機に本格的に女優業に復帰するという。
人の良さがにじむ森としっとりした花の微笑の持ち主の紫とが奏でる淡い恋のメロディー。ハスキー・ボイスの森特有のセリフ回しと重なって、ほのかにさわやかに感じられる構成も新鮮だ。
990517産経新聞東京夕刊