淀川長治の銀幕旅行
「愛されすぎて」トリュフォー名作再映画化
この記事は産経新聞93年03月09日の朝刊に掲載されました。
男ふたりに愛されて、どちらも好きで別れ切れぬ映画。人間の好きは時に気まぐれで、同時にふたりを愛することも出来る。

この手の名作にトリュフォー監督の『突然炎のごとく』(1961年)があった。まだまだこの手(脚本)はさがせばあるであろう。日本でも明治大正は男の時代というわけで、「三人妻」その他の男ひとりに女3人の名小説もあり、男が2人や3人の女を同時に夜の相手としていても叱られぬ男天国時代があったが、女もまた同じく男を数人というくらいに心の中で同時に愛したかもしれまい。

ひとりを愛しきって気が狂うのは素敵だが、人間は別の相手をいつの間にか見つける能力というか人間性を持ち合わす。それでこの『愛されすぎて』(フランス映画、1992年、カラー、1時間43分)も、マリー(シャルロット・ゲンズブール)を、映画監督に扮したポール(トマ・ラングマン)とジャーナリストのアントワーヌ(イヴァン・アタル)が同時に愛してしまう。

いろいろと恋のもだえはあるものの、今日びこのような悩みは少々時代ばなれ。それで見どころはジャンヌ・モローに代わったゲンズブールのこの役の演技。彼女は『小さな泥棒』(88年)で注目されている。他の男ふたり、これは日本では馴染みうすい。だから見どころは主役の女だが、どうも年齢の若さが目立った。男ふたりも青い。いずれも若いからこそいいのだが、演技が若いのでこの作品に愛の悲しみがあふれてこない。むしろ今日びでは愛の悲しみでなく愛の噛みしめかたの面白さで見せるべきだった。

ところで、この映画でもポールはマリーの姉(ステファニー・コッタ)と寝てしまう。ごたごたともめる。しかし愛の噛みしめかたは、トリュフォーのこの前作の幕切れには到底及ばない。

恋よ恋、われ、なかぞらに、なすな恋。恋ってめんどうじゃねェ。  (映画評論家)



淀川長治

愛されすぎて

製作総指揮
クリスティーヌ・ゴズラン

監督・脚本
ジャック・ドワイヨン

原案
アンリ・ピエール・ロシェ

撮影
クリストフ・ポロック

出演
シャルロット・ゲンズブール
トマ・ラングマン
イヴァン・アタル
ステファニー・コッタ
エルザ・ジルベルスタイン

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