淀川長治の銀幕旅行
「トラスト・ミー」ハムレットくそくらえの作り方が面白い
この記事は産経新聞93年01月26日の朝刊に掲載されました。
『シンプルメン』より2年前の1990年のハル・ハートリー監督作品。1時間46分。アメリカ(カラー)。ディーンの『理由なき反抗』(1955年)よりうんとわかりいい。ハムレットくそくらえの作り方が面白い。町のおでん屋の息子と町のたい焼き屋の娘のヤケのヤンパチから生まれた最高の恋と見てもいい。

新人ハル・ハートリー(33)は年齢のわりに落ち着いて新人の気取りを見せず、画面は滑るよう走るよう進み、人物の説明が必要以上に巧いので、すっかり面白く楽しく悲しく怖く、この映画を素直に見ることができる。新人監督としてはまことに立派。それゆえ次作の『シンプルメン』ではようやく気取り、ようやく人物紹介、それにストーリーをもメロドラマから逃げ切っておとなになろうとしたのであろうが、見るこちら側は、この『トラスト・ミー』に実はより以上の好感を持つと言えるであろう。

原名どおりの「トラスト」、これを軸にした悲劇。今さらと申すまい“このごろの若い野郎”で、中年はヒステリーに落ちる。言うまでもなく「トラスト」、そのガキたちを絶対「信用」しないからであり、実際、勝手に赤ん坊を産んだり、気に入らぬからと勤めをやめたり、これで親たちはアタマに来る。当然だ。けれどこの若者の不始末を見つめる「トラスト」を、この映画、実にわかりよく描く。いっさいの気取りなく、画面に主役たちの顔を始終クローズアップさせ、わかりよく画面から説く。この新人に、私は珍しさを感じた。見ていて、どうなる、どうなる、そう思わせてゆく手法に私は拍手した。

主役の女の子(エイドリアン・シェリー)、男の子(マーティン・ドノヴァン)、妊娠した16歳娘と世の中をひがみきった年頃の息子。鮮やかにこの新人二人が、実に楽しげに演じているのが見ていて気持ちよく、また2人は演技に気取りを絶対見せなかった。ハートリー監督の注意であろう。(映画評論家)



淀川長治

トラスト・ミー

製作
ジェローム・ブラウンステイン

監督・脚本
ハル・ハートリー

撮影
マイケル・スピラー

音楽
フィル・リード

出演
エイドリアン・シェリー
マーティン・ドノヴァン
メリット・ネルソン
ジョン・A・マッケイ
エディ・ファルコ

spacer.gif

お気軽にメールをください。ここをクリックするとお使いのメールソフトが自動的に起動します。

産経Webは、産経新聞社から記事などのコンテンツ使用許諾を受けた(株)産経デジタルが運営しています。
すべての著作権は、産経新聞社に帰属します。(産業経済新聞社・産経・サンケイ)
(C)2006.The Sankei Shimbun All rights reserved.