産経Webへ戻る
ENAKってどういう意味? | お知らせ | 新聞バックナンバー購入 | 問い合わせ | リンク・著作権 | MOTO | 産経Web
淀川長治の銀幕旅行
「フィオナの海」
この記事は産経新聞96年7月30日の夕刊に掲載されました。
この映画を見て驚いた。

私が10歳のときだった。アメリカ映画、監督はモーリス・ターナー。その映画はオムニバスの5編からなる「ウーマン」(1918)。この第2編がアイルランドのアザラシの島物語。何十頭何百頭かのアザラシが海岸に上がってきて女になる。一人の若者がそのアザラシの一頭の脱ぎ捨てられた毛皮を盗み、そのアザラシ、いまそこにいる女、それと結婚し2人の子をなす物語。

忘れもしないそれは大正8年(1919)の年の暮れ。私はこれを見て、映画こそ世界の芸術と見とれ、映画で働きたいと神に誓った。10歳で私に映画の洗礼を受けさせた同じアザラシ伝説が、今ここにまたも映画となって77年ぶりに現れた。

今度はアメリカのジョン・セイルズという46歳の監督、そして脚本、そして編集の“ひとり映画”とも言える小品の1時間43分のカラー。出演者はすべて未知の人たち。ただしキャメラだけはぴか一キャメラマンのハスケル・ウェクスラー。このキャメラマンには「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」「カッコーの巣の上で」の二名作がある。この監督はこのキャメラに命をかけたか。画面にあたかもモノクロのような沈んだ灰色。

母がなぎさに置いた幼児が海の波にさらわれた。それから3年、この弟を探しに八歳くらいの姉が、父母の住んでいた島にやってきた。母親は死に、その島の対岸に今も祖父母がいる。祖父母は向こうの無人の島を見るなという。夜にときどき灯が見えるからという。姉は、きっと弟はその島にアザラシと住んでいるのだと思う。

カラーだがまるでモノクロの感じ。いまどきかかる映画(1994年作)を作るアメリカの映画監督がいることに私は安心した。この映画は日本の“柳の精”(浄瑠璃「三十三間堂棟由来」)、“狐と結ばれた保名”(浄瑠璃「葛の葉」)これらの伝説をも思いださせて、伝説のその語りに“詩”を受ける。  (映画評論家)

産経Webは、産経新聞社から記事などのコンテンツ使用許諾を受けた(株)産経デジタルが運営しています。
すべての著作権は、産経新聞社に帰属します。(産業経済新聞社・産経・サンケイ)
(C)2006.The Sankei Shimbun All rights reserved.

ここは記事のページです

故淀川長治さん

平成2年から10年まで産経新聞に掲載された連載の再録です。

フィオナの海

監督
ジョン・セイルズ

出演
ジェニ・コートニー
アイリーン・ユルガン