淀川長治の銀幕旅行
「女人、四十。」悲劇をコメディー調で描き切る
この記事は産経新聞96年5月28日の夕刊に掲載されました。
にょにん、よんじゅう。これでは何のことかよくわからない。40人の女性かとも思ったが、40歳代の女のこと。中国の言葉らしい。英語の題名は「サマー・スノウ」。これならわかる。

この映画、一家のしゅうとがアルツハイマー(老人性痴ほう症)になっていて、夏の日に花の種が白くヒラヒラと風に舞って落ちてきたのをこの老人(ロイ・チャオ)が雪だと思う。悲しく美しく、きれいなシーンなので、英語題名「サマー・スノウ」がぴったりなのだが…。香港映画1995年作、カラー、1時間41分。

「女人、四十。」、これが見てゆくうちによくわかる題名となってくる。大家族の話で監督がアン・ホイ(49歳の女性)。見事な出来栄えだ。香港映画の力強さに日本人として考えこんでしまう。

悲しい話。自動車教習所の教官の夫をもつ妻(ジョセフィーヌ・シャオ)は貿易会社のトイレット・ペーパーの販売部長。彼女の夫の父(しゅうと)が立派な体格ながら、妻の死後、老人性痴ほう症になる。ことごとに笑わせるが笑うことがいけないと思う哀れさ、それも哀れさと見せないでほとほと困るという苦笑の中に見せる脚本と監督のタッチが細かい。

大家族、その大きな川の流れ、同じ東洋人ゆえその家族ひとりびとりの笑いと悲しみが目と心に染み込む。戦争の空軍勇士だった誇りがまだ頭にこびりつき、高いところからコウモリ傘で下に落ちてパラシュートのつもりだったり、パジャマのままふろに入ったりする、戦争の頭の傷あとを見せるこの老人を老人ホームに入れる。

そういうストーリーに日本映画を思う哀感シーンがだぶるのだが、この映画は小津安二郎調、豊田四郎調をまるでジャズ演奏さながらの派手さでコメディー・タッチで見せきった。俳優はすべて快調。しみじみ思ったのは日本語と香港の中国語の違い。堅苦しい日本語と柔らかく華やかスピード感を受ける中国語。

それよりもこの映画、40歳女の力強さ、生活の苦しみにへこたれぬ強さ。これが素晴らしい。見ていて笑って泣いて泣いて、感心してほしい。まこと上質の一級映画と念を押す。 (映画評論家)



淀川長治

女人、四十。

監督
アン・ホイ

脚本
チャン・マンキョン

音楽
大友良英

撮影
リー・ピンビン

出演
ジョセフィーヌ・シャオ
ロイ・チャオ
ロウ・カーイン
ロウ・コーンラン

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