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淀川長治の銀幕旅行
「日蔭のふたり」トマス・ハーディ「日蔭者ジュード」映画化
この記事は産経新聞97年8月19日の夕刊に掲載されました。
『テス』で知られたイギリスの作家、トマス・ハーディが一八九五年に書いた小説。そのころ日本では、尾崎紅葉の「金色夜叉」(明治30年)がある。思えばクラシック。このごろのように日照りで乾ききった世の中では、かかる冬の雪を見上げるような冷たくぬれたストーリーを味わうのも勉強だ。

19世紀イングランド。まじめで勉強家で大学を目指しているジュードが、豚飼いの娘アナベラに誘惑され、やがて妊娠したと打ち明けられて結婚を覚悟するが、彼女の手さばきも見事な豚殺しを見て逃げだす。オーストラリアへ行って、石工になって働きながら勉強中に品のいい美しいスーという娘と恋をして結婚をと思う。が、前歴がたたり、教会が受け付けない。やがて、2人の子をもうけたころ、アナベラがあなたの子だよと男の子を連れてきた。このため、ジュードとスーは3人の子の親となり、この父は仕事探しに苦労するが、3人の子持ちの男を雇うところもない。

というこのストーリーは、やがて3人のうちの長男が少年期を迎え、父への心やりから二人の幼子を殺し、自分も若葉のころだというのに首をつって死ぬ。ここからのジュード(クリストファー・エクルストン)とスー(ケイト・ウィンスレット)は、どう生きていくのであろうか。

マイケル・ウィンターボトム監督はこの小説を、2時間3分の中に静かに、むしろ温かく見つめる演出をした。温かく悲しく。この男の地獄の物語には落としていない。この三十六歳の監督は、今日の目でこの悲劇を見つめる。この監督は、ベルイマン監督のファンというのであろうが、時代色と撮影(エドゥアルド・セラ)が実に立派だった。

監督も若く主演者も私たちには未知ゆえに、この映画、その“冬”の、陽がかげった十二月の白い雲を思わせて、見た者にはやがてくる春のぬくもりをも胸にしませる。このときにこそ、トマス・ハーディを、そのクラシックを学んで楽しんでもらいたいのである。  (映画評論家)



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故淀川長治さん

平成2年から10年まで産経新聞に掲載された連載の再録です。

日蔭のふたり

監督
マイケル・ウィンターボトム

脚本
ホセイン・アミニ

原作
トマス・ハーディ

製作
アンドリュー・イートン

製作総指揮
マーク・シャイバス
スチュアート・ティル

撮影
エドゥアルド・セラ

編集
トレヴァー・ウェイト

音楽
エイドリアン・ジョンストン

美術
アンドリュー・ロスチャイルド

衣装
ジャンティ・イェイツ

出演

クリストファー・エクルストン

ケイト・ウィンスレット

リアム・カニンガム

レイチェル・グリフィス

ジューン・ホイットフィールド

ジェームズ・デイリー

ロス・コンヴィン・タンブル