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石井啓夫が見た 新人公演
リアリティーで見せた「明智小五郎の事件簿 黒蜥蜴」
   by 演劇コラムニスト 石井啓夫
モダンなキュートさいっぱい
面白いことに気づいた。主演スターには、大変失礼な言い方になるかも知れないが、面長顔vs.丸顔の主演コンビである。その印象が、クールとホットな雰囲気で分かれる決め手となった。すっきりとした美形コンビの本役、春野寿美礼と桜乃彩音に対して朝夏まなと、野々すみ花はモダンなキュートさにあふれている。それゆえ、厳粛さが多分に愛嬌(あいきょう)に変わり、歌舞伎でいえば時代物が世話物になったような、ずばり山の手コンビが下町コンビになった感覚である。わたしは、その感触を大変、楽しんだ。

木村版『黒蜥蜴』が、本筋の探偵と泥棒の知恵比べの裏に潜ませた2つのテーマのうち、敗戦日本がもたらした罪と罰への告発よりロミオとジュリエット的(敵対)関係で出会ってしまった明智(朝夏)と黒トカゲ(野々)の恋愛悲劇の部分が色濃く浮かび上がったのである。

ドラマにおけるリアリティーはむしろ、新人公演の方がより伝わった。たった1回(宝塚大劇場公演を入れて2回)の舞台に賭ける瞬発力が新人公演のパワーで、熟達や見せ方、華には欠けても青さという大胆さが勢いを生む。客席にもその熱が伝わるから、見る側も熱くなるのだ。

本役が打ち出した玲瓏(れいろう)で正調な美しさとは資質が異なるのだから、このコンビの取り組みは正しかった。

自在性を発揮 野々
幕開きの黒トカゲの妖しげなマダムぶりも、身振り手振りリアルで大人の女を意識させるに十分な芝居力があった。野々はむしろ、そこへ背伸びするほどに感情移入したと思われる。新公ヒロインは初体験ながら、これまでにも本公演、バウ公演と主要役をすでに経験していることの自在性が出た。本公演の早苗(葉子)のしっかりした演技を見ても、不思議にオーソドックスなお姫様や純情可憐(かれん)なタイプに当たっていないことのほうが今後の課題になりそうだ。明智への絡み方も旨(うま)く自然である。エピローグの悲劇の見せ場など、大人の女を漂わせながら、身体的に少女のままである硬質なようすで明智に抱き着く仕草は涙を誘う。

ある意味、本公演が格調のあまり、カッコ良過ぎる探偵と美しく涼し過ぎる黒トカゲに圧倒されて隠れていた一般普遍な男女の関係が露呈していたといえなくもない。

注文としては、歌唱は本役同様、一層の研鑽(けんさん)の余地がある。それに化粧法に一工夫欲しい。前々からチャーミングな素顔をきつめに見せてしまっている。

正確、真摯な朝夏
そして、その黒トカゲの前にキザの限りの風情で現れる明智小五郎の朝夏も、野々のマダムこと黒トカゲが「あら、いかす。お名前は」と尋ねる言葉が普通っぽいから、「明智小五郎」と応えて決めポーズするところも大仰にならない。

この時点で、先述した新人公演のドラマ性を支配する雰囲気がリアリティーだと知れる。人間的実に人間的な探偵で、それ故少年探偵団のめんめんとの先生と少年たちの貫禄違いは出なかったが、真面目さ一途さの探偵像で好感度満点だった。だから、ラストの黒トカゲに対する真摯なプロポーズのようすが様式美からは遠いが、恋愛ドラマの結末としてリアルな爽(さわ)やかさとなった。

歌唱の安定も朝夏の強みである。ほぼ1年前の『マラケシュ・紅の墓標』に次いで2度目の新公主役だが、朝夏の魅力はなにごともしっかりと正確に真摯に打ち込む舞台姿勢である。

“華”を再確認 桜乃
さて、新公のリアルな出来映えは、主役2人ばかりでなく、全体に言えた。扇めぐむの雨宮(本役・真飛聖)は本来、リアルな役柄であるがその芝居をしっかり踏まえて見せた。目立つ顔立ちで芝居どころが旨い。歌もいい。白鳥かすがの波越警部(本役・壮一帆)もすっきりした表情で本役に劣らぬ二枚目ぶり。

いつもながら、芝居を一層弾ませるのは主要役に絡むポイントの俳優たちで、今回はまず、岩瀬(本役・夏美よう)の日向燦。喜怒哀楽にタメがあって感心した。どうも服装指定が気の毒で、最初が背広姿、次が着流し(大家の主人にしては、どうも貫禄に欠ける)、やっと羽織り袴スタイルで上野公園に現れるが、威厳を誇るシーンもない。そこを日向はセリフ物腰にすべて鷹揚な喜劇味を貼(は)り付けて見せた。言葉に説得力があった。

岩瀬邸の女中頭といった役割のお重(本役・梨花ますみ)を演じた初姫さあやが笑わせた。今回の新公の長で、コミカルな雰囲気満面で笑いに転じる呟きセリフもよく通る。カゲソロも受け持つ歌唱と共にソプラノ声が美しい娘役である。

小林少年(本役・桜一花)の愛純もえりも雰囲気を作った。愛嬌ある顔立ちで客席に和みの味わいを残す。早苗(本役・野々すみ花)の華耀きらりがいかにも大店の一人娘、馥郁(ふくいく)と育てられたお嬢さんぶりをかわいく見せていた。ただ、これは野々が本役で見せていたように、この木村版では最初の誘拐が行われる銀座のホテルの場から替え玉という設定なのだから、のんびりした可愛(かわい)さの中にも少しの憂愁があって欲しいとも思う。

しかし、また言うが、解り易い恋愛ドラマに仕上がっていた点で面白い新人公演であった。華麗重厚、メッセージ性横溢な本公演とはまた、違った楽しさだ。

まだ研6の娘役トップ桜乃も、この新公ではホテルのメイドや岩瀬邸の使用人の一人として出演していたが、美しさにおいて一際目立っていた。それがスターとしての“華”であろう。

気になったことが一つ、その桜乃が出るシーンで同じく登場、美人顔で目立つ娘役がいた。下手端とか背景位置だから、最下級生と思われる。断定はしないが、暗転の時やポーズの決まりの時に客席に向かってウインクを送っていた。たとえスターであっても、そんな仕草はもう過去の遺物。宝塚では今や、誰もそんなことはやっていないだろう(ファンの集いでは知らないが…)。何げない癖であるのなら、すぐさま止めるべきだ。

花組新人公演『明智小五郎の事件簿 黒蜥蜴−江戸川乱歩「黒蜥蜴」より−』(脚本・演出 木村信司/新人公演担当 原田諒)?

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