||歌がなければ死んでしまう
バンドは解散した。幸いソロでうたわないかという声をかけてもらえた。
そしてできたのが「ティンブレ」だ。
米ジャズ歌手、カサンドラ・ウィルソンが新しい路線に踏み出す際に印象的な手助けをしたブランドン・ロスがギターで参加している。カサンドラの作品に通じるせいひつさとわずかな泥臭さとが、「ティンブレ」からもうかがえる。
ちなみに、カサンドラがいまや単純にジャズ歌手と呼べないように、林のこの作品もジャズともポップスとも呼びがたい内容になっている。

ショーロ・アズー時代の「暑苦しかった」「すぐにシャウトした」うたいかたとは異なる「淡々とした」うたいかたは、作品の録音を通じて自然にできたという。
「バンドをひっぱらないといけないという意識から解放され、むしろできあがった土台の上にのればいいという安心感があったので、気負わずにやれました」
歌い手としての自分とじっくり向き合うことになった。
「自分は単純に歌い手でありたいのだと強く実感しました。曲を作って勝負するシンガーソングライターなどではなく、基本的には歌で勝負したいと」
そんなこともあり、今回収録曲はすべて他人の持ち歌に挑戦する、いわゆるカバー作品になっている。
有名なところではビートルズの「ブラック・バード」があるが、ほかはXTCの「ディア・ゴッド」、ランディー・ニューマンの「悲しい雨が」となかなか渋い選曲だ。
「そもそも私がうたい始めたのは公園でした。そのときダニー・ハザウェイの歌をうたったわけで、出発はカバーだったんです。その原点に戻ったのかなと思ったりしています」
冒頭を飾る「悲しい雨が」では、多重録音によるひとりア・カペラに挑戦。

「これは私のわがままでやらせていただきました。私の低い声も高い声も聴いてほしい。そのためには、1曲の中に大勢の自分がいたほうがいいと考えたからです」
初のソロ作品の1曲目にはふさわしい、まさに名刺代わりの、自分であふれた録音になったわけだ。
遊びから始めた歌。だが、今はこういう。
「歌がなくなったら死ぬ。自分ではいられなくなる」
そして今の林にとっての歌とは、CDを出してライブでうたうことだという。
もう、ほろ酔い気分の公園には戻れない。