喜劇は、真面目に演じれば演じるほどおかしい。ストーリー、セリフ、所作そのものにすでに笑いの素が仕掛けられているからだ。
となると、喜劇作品はただ、ひたすら一生懸命に取り組む新人たちの芝居のほうが似合うかも知れないとも思う。もちろん、硬さ、幼さ、課題は残すが、そこからは自然な笑いがあふれ出る。
前回、
1月の宙組『維新回天・竜馬伝!−硬派・坂本竜馬III−』新人公演でも感じたことだが、新人スターのひたむきさが、なんでもないシーンをびっくりする楽しさに変えてくれる。新公を見る喜びの一つである。
今回は、作品自体が一本道の単純な話だから、本公演キャストが演じるそれぞれの役から物語を超えたスターの個性がのぞいていて、そこに面白さが見出せたが、新公ではそれぞれの個性が大胆に必死に発揮されたぶん、逆に個性がストーリーの役にはまりきって見えたから、演じるというよりスター自身が等身大で、真面目な顔で、そこに存在しているおかしさが前面に出た。技より気持ちが先行した。
本公演メンバーのうまさや研究に感心するのと対照な、一途な熱情が、新公メンバーにはみなぎっていた。
演出担当の生田も新人。植田の大芝居作りに真っ向から新人として向かって行った成果が出た舞台だった。
この芝居は、理屈で考えるとつまらなくなる。1889年の第4回パリ万博にあわせて実際に建設されたエッフェル塔が建てられるまでをコメディ仕立てのフィクションにした作品だ。
星条海斗扮する実在した建築家エッフェル(本役・霧矢大夢)の、世界一高い塔作りの夢に成り行きで協力することになってしまった詐欺師2人、龍真咲のアルマンド(本役・瀬奈じゅん)と明日海りおのジョルジュ(本役・大空祐飛)のトリオのおかしな悲喜劇。そこに3人が好きになる花売り娘のミミ(本役・彩乃かなみ。物語では、ミミのほうはアルマンドを慕っている)が絡む。
舞台となるホテル、サンミシェルに集うパリの名士たちが詐欺師2人にうまく塔建設の話に乗せられ莫大な出資金を騙されて出すことになるのだが、結果はエッフェル塔の完成でめでたしめでたしとなり、損をしたのはたったの60フランしか手にできず逃げ出した詐欺師2人だけだったというオチとなる。
プロローグのレビュー付きで軽やかさが支配することと植田流大芝居の常道、主題歌を絞り、ほぼ主演級が唄う2曲(タイトルナンバーと「恋の秘密」)を繰り返しうたわせる手法が、これからのスターたちの「華の在りか」を正直に見せてくれた。
新公初主演の龍、そして星条、明日海の主役トリオがなんともいえぬ香しい雰囲気である。芝居も龍はすっきりと星条は思い切りの熱気な作り(バサバサ髪にメガネ、乱れた服装姿が笑いを誘う)、明日海はポーンと登場するさまに甘い華を出す。歌も芝居もほどよいダンスも万全に近く、組み合わせのビジュアル性が月組の未来を確実に予感させる。正統な龍、個性派の星条、妖精風な明日海、楽しみな2枚目トリオである。
ミミの夢咲ねねは歌唱安定で場数も踏んでいる。独特なイントネーションのソプラノ声が魅力的でよく、目立つ。が、熱情芝居がいつも表情をきつくする。ショー場面の笑顔は優しいのに芝居では意思の強さが前面に漂ってしまう。龍との絡みでも所作や雰囲気は引いて健気な芝居をしてるのに表情の強さが強情(女)さに見える懸念がある。真摯な芝居心の結果なのは十分窺い知れるが、少し心配(老婆心である)。
レオニード(本役・末沙のえる)の彩央寿音、ドミニク(本役・嘉月絵理)の姿樹えり緒、アルベール(本役・越乃リュウ)の朝桐紫乃が本役とはまた違った落ち着きと心情を見せた。ことに目線の工夫、相手を見据えたり空に移したり、細かい芝居が光った。しかし、大劇場芝居(ことに植田作品では)繊細より大仰の中で見せる所作に醍醐味がある。後方座席に届かない繊細な演技より、一見大袈裟に見えるが嘘を本当らしく見せる芝居では大振りな演技で納得させるのが正統だ。
青葉みちるのホテルの女主人(本役・出雲綾)も歯切れよいセリフ、貫禄、そして美しさと実力派の証明。
客席を沸かせたのは、ジェラール(本役・遼河はるひ)の光月るう。軽いノリでスイスイと歩き回り、ヒラヒラと存在するおかしさは長老のレオニードにいまどきの若者はと嘆かせるに十分な見映え。新公スターの旬のような役で、むしろ本役の遼河の方が本来、役不足で気の毒な立場だった。そこを芝居心で持たせている遼河を見ると、やはりこの役は新人クラスに似合っているのがよくわかる。
月組の新公メンバーには男役娘役、さわやかな美形ぞろいが多い。主演トリオも含め、今後が楽しみだ。
下級生の中では、今年の初詣でモデルとなった蘭乃はなが11場パリの街角で、夢咲が本役で演じたカロンの役で抜擢登場、セリフももらってかれんさを見せたのが印象に残る。
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月組新人公演 宝塚ロマンチック・コメディ『パリの空よりも高く −菊田一夫作「花咲く港」より−』(脚本・演出 植田紳爾/新人公演担当 生田大和)=2007年2月27日、東京宝塚劇場。
2007年の石井啓夫の記事
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花論星論:トップ任期について
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宙組「維新回天・竜馬伝!」本公演しのぐ笑いに酔う