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花論星論
トップの任期 貴城けい退団に思う
   by 演劇コラムニスト 石井啓夫
いかにも惜しい 本公演1回だけ
2007年2月12日、東京宝塚劇場宙組公演を最後に、宙組トップスター、貴城けいが退団した
退団パレードするかしげさん
退団パレードする貴城けい
昨年8月、福岡・博多座の宙組公演『コパカバーナ』で新トップに就任したばかりで、本公演が東西(『維新回天・竜馬伝!』『ザ・クラシック』で昨年11−12月宝塚大劇場、今年1−2月東京宝塚劇場)1回だけというのは、いかにも短く、惜しい。雪組から組替えになってトップに就任したのが5月だから、トップ期間は10カ月に過ぎない。

この本公演1回きりの披露=退団公演という例は、過去に2度ある。02年3月−6月にかけ『琥珀色の雨にぬれて』『Cocktail』の花組、匠ひびきと同年5月−9月にかけ『追憶のバルセロナ』『ON THE 5TH』の雪組、絵麻緒ゆうである。それ以前には、1983年に花組の順みつきが『霧深きエルベのほとり』で単独主演して退団したが、順は80年から松あきらと主演を演目ごとに分け合うなど、複数トップとして出演していたから、少し事情は異なるだろう。

宝塚独特の「サヨナラの美学」
宝塚93年。男役スターの交代による新陳代謝制度で宝塚は人気を誇っている。が、それは、宝塚独特の「サヨナラの美学」に支えられてきたからである。その美学がもちろん、退団公演であることはいうまでもないが、その底に潜む、出会ったスターとは必ずいつか別れなければならないとう不条理性がファンを熱くするのである。すなわち、そこには「惜しまれつつ」と「いい舞台を見せてくれて有り難う」の背反するファン心理があってこそで、「長過ぎれば」喜ぶのはスターの個人ファンばかりで、次期トップ候補のファンからすれば、贔屓(ひいき)スターがチャンスを失い兼ねない心配の種ともなる。

なぜ、このような1回だけのトップ任期が行われるのかを考えると、トップという称号がそもそも不明確で演劇芸能興行の世界では固定、確立するものではなく、人気次第の本来曖昧模糊(あいまいもこ)とした流行のようなモノだからという観念が潜んでいると思われる。人気はいつも気まぐれだから、興行側が人気者を提供するのではないという考え。

しかし、それは一般芸能界の話であって、わたしは宝塚は違うと考える。なぜなら、宝塚はこれまで、一度だってファンのいいなりにトップを選んできたことはないのだ。当然、ファンの人気度を斟酌(しんしゃく)するだろうが、これまで常にいわば、一方的にトップは決められてきた。その人選を少なくとも、80周年あたりまではファンは文句もいわず、自らが観劇し、チェックし評価して応援し続けてきたのである。歌劇団が提供するトップと応援するファンの構図の双方向性がうまく機能していた。

歌劇団の優しさと痛み
が、近年、その機能、いってみれば信頼関係が揺らいできたのではないか。

最大の理由は、宝塚歌劇団の“温情主義”に起因する、と私は考える。恐らく、ここまでの論法を読んできた方はここで、あれれ! と思うかも知れない。突然、歌劇団側に立つのか、と。しかし、私は紛れも無い宝塚ファンの一人として、100周年へ向かう宝塚の安泰を図るなら、ファンも共に「痛み」を共有しなければならないと考える。どこかの首相が似たようなことを言っていたが、トップを選ぶ側が歌劇団にある以上、トップ選任者はファン心理を読んで決断しなければならない。

宙組誕生や2000年に新専科制度ができた時に、トップの任期を決めるべきだったと私は思う。そこをあいまいとするから、トップ期間の長短もまた、あいまいな結果となる。あの時期、トップ候補が各組にひしめいていた。競わせる条件の新専科制度でもあった。しかし、ドングリ状態の中で、劇団は「1回でもトップにしてあげたい」を実施した。その恩情は「1回しかさせないのか」というファンの怒りに跳ね返ってしまった。

私は、あの時の匠と絵麻緒をすべきでなかったと言っているのではない。2人を含めた候補者から1回でなく6回できる候補を選ぶべきだったのだ。だから、劇団側の「でも」がファン側の「しか」となって齟齬(そご)をきたしてしまった。

それもこれも、ルールの無さではないのか。人気があるから長期政権なのか、ならその根拠(観客動員数とか明確な数字)を示せということにもなる。

もともとトップなどという考えはないのだ、それぞれの演目、公演ごとに主演者を決めているのだ、それが同じスターになるっているのが、世間でいうファンが呼ぶ「トップスター」であるというのが、歌劇団側のオフィシャル見解だろう。そんな官僚的発言は、しかしファンが納得するはずがない。トップ制度があるからこそ、宝塚は93年の歴史を刻んでいるのである。

トップの任期、明確化を
今こそ、明確にトップの任期と存在を明確にすべきである。わたしの提案は、トップ任期は3年6本公演で、基本的に3年で交代してもらうのだ。日本の総理大臣も2期6年、アメリカの大統領も4年で2期連続までしか認めていない。際立った人気に裏打ちされたスターが登場した場合に限り、1公演づつ延長して、しかし5年を超えることは禁止しなければならない。宝塚のトップの美学は、短過ぎても長過ぎてもいけない。先述した不条理を秘めた「サヨナラの美学」こそ、3年間がほどよい新陳代謝期間ではないかと考える。

任期を決めたら、人気が陰り興行的な不調の場合はどうするのだという懸念が劇団側には起こるだろう。それは、ファンあっての世界なら、スター自身が決めることだ。

私は、トップの選定は歌劇団からの提供でもちろん、いいと思う。スターの世界に民主主義は似合わない。だが、1回勝負ではトップの資質も実力も発揮されないだろう。貴城は気の毒なトップスターだった。もう、これ以上、哀しみのトップを誕生させないためにも、トップ任期は3年、そして次に譲る、そんな不文律を作って欲しいと願わずにはいられない。

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「花論星論」は、観劇歴ウン十年の演劇コラムニスト、石井啓夫氏が筆をとり、愛あればこそのタカラヅカ論を展開する新連載です。ご意見、ご感想などはこちらに。

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【2007年の石井啓夫の記事】
宙組「維新回天・竜馬伝!」:石井啓夫の新人公演を見た!

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