コレ聴き隊
砂漠から昇天する一筋の光
実況録音した曲とスタジオ録音の曲とを巧みに並べて構成されたこの2枚組は、1977年発表のサンタナの傑作。“紙ジャケ”CDとして再発されたのを機に久しぶりに聴き直したけれど、やっぱりいいなあ。

実は僕は、サンタナはあまり聴いたことがない。この「ムーン・フラワー」が大いに話題をさらっていた当時サンタナ作品を集めている友人がいたので彼のところでよく聴いたものだけど、結局それで済ませてしまった。つまりそれ以上積極的に聴こうとはしなかった。おかげでサンタナがギター奏者カルロス・サンタナが率いるグループ名だと知ったのは、もう少しの後のことになる。

10代のときの“アーティストとの距離感”は案外決定的で、その後もよほどのきっかけがない限りその溝を埋めるには至らないのではないか、なんて考える。

僕にとっては今回の紙ジャケット化再発売が、そのよぼとのきっかけになった。ソニーはレコード各社の中で紙ジャケ化にもっともおくてだったから、ずいぶんと時間がかかってしまったけれど。

コロンビア(ソニー)時代の紙ジャケ化CDは5月3日に5作、今月7日に5作というスケジュールで発売された。僕はまず、5月分のうちから「キャラバンサライ」と「ウェルカム」を買った。前者は名盤の誉れが高いから。後者は前述の友人宅で、その真っ白な装丁を見た際の記憶が鮮烈に残っていたから。

しかし正直にいうと「キャラバンサライ」は、ピンとこなかった。このあたりがサンタナと僕との埋めきれない溝の深さなのかもしれない。もっとも「サンタナなら2、3作目を聴くべきでしょう」という通もいる。

おかげで「ムーン・フラワー」を久しぶりに聴くのが怖くなっていたが、杞憂(きゆう)だった。この2枚組におけるサンタナ(この場合はカルロス個人を指す)は、僕の記憶の中のサンタナそのものだったからだ。僕の中のサンタナとはすなわち、即興演奏のここぞというところで特徴的に1音を持続させて響かせるギター奏者、だ。すなわち一筋の光が砂漠から星空へ向けて昇天するがごときその奏法こそが、僕の中でのサンタな像のすべてなのだ。

「ムーン・フラワー」では、特に実況録音の演奏において、その奏法の魅力が全開となっている。あえて1曲挙げれば「哀愁のヨーロッパ」にとどめを刺す。もっともこれもまた、個人的背景の影響が大きいのだけど。「ムーン・フラワー」が発売された当時日本では、あるいは僕の周囲ではとくにこの曲への反響が大きかった。だれもがこの旋律をギターで弾いてみた。僕らはエレキギターをもっていなかったので、フォークギターで挑戦してよく弦が切れた。

「哀愁のヨーロッパ」はその邦題が示すとおり、哀愁に満ちた旋律がすばらしい。ゆえに通俗に陥りかねないが、サンタナはギリギリで踏みとどまってみせる。この均衡の妙こそがこの作品のすばらしさであり、踏みとどまることに成功した大きな要因こそは、前述の奏法にある。ほんとうにその奏法が出てくるたびに僕は、地球をはるか離れた宇宙からの視点で大地を見つめている気分になる。

今回「ロータス伝説」も買ってしまった。こちらは1973年来日時の大坂厚生年金会館公演の実況録音盤3枚組。「ムーン・フラワー」より4年先に出たアルバムで、“22面体”という特殊装丁を完全に再現して魅せたことでかなり値が張っている(6825円)が、それはともかく「ムーン・フラワー」に比べて、実はこちらのほうがロックギター奏者としての魅力の濃度は高いのではないかと感じているが、作品としての総合的な完成度の高さはやはり「ムーン・フラワー」。にもかかわらず、ギター奏者としてのサンタナの魅力も同時にめいっぱい出ているのが、要は「ムーン・フラワー」のすばらしさなのだ。

僕が「キャラバンサライ」にうまく反応できないのは、彼の音楽総体ではなく、あくまでひとりのギター奏者として聴こうとしているからかもしれない。(石井健)

今回聴いたCD
ムーン・フラワー
ムーン・フラワー
サンタナ
ソニー・ミュージック
MHCP-1008
2,730円(税込み)


これまでに聴いたCD

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