快進撃を続けるピアニスト、上原ひろみから期待にたがわない切れ味鋭い新作が届いた。
とりあえずジャズピアニストとして世に出た上原だが、前作「Spiral」を紹介したときだったか、僕は、彼女の音楽はジャズよりもプログレッシブロックに近いと書いた記憶がある。
実はこの説、音楽的な根拠は示せなくて、単に僕の印象論に過ぎなかったのだけど、この新作を聴いてさらにその印象を強めた。
上原の音楽はもはや、よくも悪くもジャズではなく、まさに上原の音楽としか表現できない場所にある。
「よくも悪くも」というのは、肯定的にも否定的にもという意味だ。つまり、保守的なジャズファンにすれば、「こんなものジャズじゃない」ということになる。それほど独自の音楽を生み出しているということにもなる。
この新作はギター奏者を加えた4人での演奏で、厳密に言うと「Hiromi's Sonicbloom」というグループ名義での初作になる。
これまでの作品と比べて大枠で変わったところはないが、ギターが入ったことでより攻撃的な要素が強まった。その分、ますますプログレッシブロックっぽくなっている。
開幕の「タイム・ディファレンス」は5拍子という変則的なテンポでキリキリとあるいはうねうねと時空が渦巻くような音世界を作り出してみせる。
続く「タイム・アウト」はふつうの4拍子ながら基本旋律は拍子の裏と表を巧みに使い分けて、飛び跳ねるような躍動感を聴き手に感じさせる。
なるほど、「タイム」という単語にはリズムというか「間」というような意味があるわけで、作品の題名が示す意味は時間を統制するというよりもリズムの「間」を自在に操ってみせるという、上原の自信の表れなのかもしれない。
「タイム・トラベル」や「タイム・コントロール、オア・コントロールド・バイ・タイム」はテンポを自在に変化させて多彩な表情を見せる。うねうねとした旋律をピアノとギターがユニゾンで弾くあたりの緊張感。そうかと思えば、急速なテンポでの混沌(こんとん)とした音の固まりをぶつけてくるような展開など、息つく暇もない。
一方で、ギターが控えめの「ディープ・イントゥ・ザ・ナイト」では、8分の6拍子に乗ってピアノ奏者としての上原の魅力を全開させる。「タイム・ファイルズ」も同様にピアノが美しい。
とりわけ日本盤のみ収録の「ノート・フロムメザ・パースト」は“ジャズピアニスト”として力量を、ど真ん中のジャズファンに示すショーケースだろう。
ひとつ注文をつけるとすれば、いささかタイプの似た楽曲が並びすぎていることぐらいか。まあ、これは上原個人ではなくSonicbloomの初作として、方向性を強調するにはおおいに役立っているかもしれないけれど。
このグループは、アル・ディ・メオラを擁したチック・コリアのリターン・トゥ・フォーエバーの21世紀版なのかもしれない。
ともかく、やっぱり上原の動向からは目を離せないことを改めて、そして強烈に印象づける快作であることに間違いはない。(ENAK編集長)
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