ENAK 流行+芸能 ENAK6月号
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エメラルドの大地 アイルランド北部を訪ねて
(1)スライゴ 女神のブレスト
自然と自然の境界線には妖精が宿るといわれる。空に浮かぶ雲の輪郭、大地に生える木々の根元、虹の始まり、地平線や水平線に潜るような夕日…。そんな国、アイルランドを訪ねた。中でも妖精の伝説が数多く残るといわれるスライゴ(Sligo)を振り出しに、北アイルランド第2の都市、ロンドンデリー(London Derry)までアルスター地方北部を海岸沿いに弧を描くように北上した5日の旅の報告を6回に分けてお届けします。

青く広い空。緑の大地。アイルランドらしい田園風景。スライゴから北上し、バリシャノンという町にさしかかるあたりで撮影。


女神のブレスト〜ノックナリー山
首都ダブリンを飛び立った飛行機が着陸したのは、バス停のような、小さな飛行場。スライゴ空港。空港から一歩踏み出したら、押し倒されそうなほどの近さで、小高い山が目に飛び込んできた。ノックナリー山(328m)だ。山すそはスライゴ湾へとすべるようにつながっている。牧歌的な田園風景を想像していたが、山と海が至近の神戸・六甲山のたたずまいを思い出した。

最初の訪問地であるスライゴは、アイルランド北西に位置し、ノックナリー山とスライゴ湾にはさまれている。かつて地層からたくさんの貝がらが出土したことから、ゲイル語の「貝」を意味する「スリーシュ」が転じてスライゴと呼ばれるようになったという。

ノックナリー山。その頂に小さく見えるのが、メーブ王女の墓
空港からバスに乗り、まず向ったのは、そのノックナリー山。10分ほどの距離だが、沿道の柵越しから放牧された牛たちが、物珍しそうにバスを見送る。新緑のように明るい牧草や木々があふれ、陰ったり、まぶしかったり、絶妙の陰影が車窓の外で織りなされていく。雲が大きい。勢いよく風に乗って飛んでいく。

近づくにつれ、ノックナリー山の頂上にポツンと盛り土のようなものが見えてくる。古代、コナハト地方を治めていた王女、メーブ(Queen Maeve)が眠る石室墓だ。なだらかな山の頂に乗ったその姿が、どこか乳房を思わせるということで女神の「ブレスト(乳房)」と呼ばれるのだという。母なる守護神という意味も込められているそうだ。

キャロモア遺跡群に点在するドルメン
ノックナリーを左後方にやり過ごすと広大な平原に出た。1キロ四方に渡るキャロモア遺跡群だ。机のように1枚の天板を5本の足が支える形のドルメン(墓石)が、巨大な通路墓(passage tomb)を中心にらせん状に点在する。調査によれば、キャロモアは紀元前5800年から同6400年のものと考えられており、建設当時、約200以上にのぼった墓(ドルメン)のうち現存するのは約30。17世紀半ばから本格化した英国の植民地政策下で、アイルランド人は英国に小麦を納めたが、キャロモアの墓石は、そうした耕地を区画する石垣として使われてしまった。

バスから降りた。道路沿いに数軒の民家はあるが人影はない。太陽が雲に隠れ、強い風が吹き出した。それまでの緑まぶしい世界が一転してモノクロに変わり、あたりは寒いほどの静寂に支配されていた。


東京での生活で狭い視界に慣れているせいか、広大な風景を前に距離感をつかむのに戸惑う。石垣ひとつ先にいる牛の背が、はるかかなたの山の稜線と重なると、牛と山が同じ場所にいるような錯覚に陥る。それほどに視界をさえぎるものが何もない。

イエーツのふるさと
ノックナリー山を後にし、N15という幹線道路を北上し、スライゴの町を抜ける。

イエーツの眠る墓地に建つドラムクリフ教会
色鮮やかな町だ。赤や青、オレンジ色の箱型の建物がガラヴォーグ川に沿って行儀よく立ち並ぶ。川の水の色がアイルランドを代表するビール、ギネスのように黒いのがおもしろい。勢いよく流れるしぶきが、ほどよい泡立ちに見え、飲み干したくなるほどだ。

そんなスライゴはノーベル文学賞作家、ウィリアム・B・イエーツ(1865-1939年)の故郷としても知られる。スライゴの町の中心部から5キロほど北にある町、ドラムクリフ(Drumcliff)にはイエーツが眠る墓もある。それは、スライゴをこよなく愛したイエーツらしく、西にスライゴー湾、北にベン・ブルベン山(525m)を一望できる地にある。

ジャックの末裔たち
P・J・ハルメントさん
イエーツに代表される文学ばかりでなく、アイルランドは、また、その独特の音楽でも多くの人を魅了してやまない。アイルランド移民の青年、ジャック(レオナルド・ディカプリオ)が悲劇に遭遇する大ヒット映画「タイタニック」(1997年)は、アイルランドの音楽に特有の哀愁漂う旋律がふんだんに取り入れられていた。

「タイタニック」で、ジャックが故郷のダンスを披露する場面がある。これはステップダンスといい、タップダンスの原型とされる。音楽に合わせて跳ねるようにステップを踏むのが特徴。伴奏には、フィドルと呼ばれるバイオリンやアコーディオン、横笛などが活躍する。

南スライゴのゴーティン(Gorteen)村には、このフィドルの名手、マイケル・コールマン(1891−1945年)の功績を称えた記念館がある。サイロを思わせるかわいらしい建物。ジョン・マックゴールドリック館長の案内で、コールマンの演奏を収めたCDなどを試聴。さらに、館内で生演奏を聴かせてもらった。

「ザ・サンドハウス・ホテル」バルコニーからの夕焼け。サマータイムに入り、夕暮れは午後10時半過ぎだった
アコーディオンを担当するP・J・ハルメントさん(55)はいう。
「娯楽が少ないアイルランドでは、家族や友人との集まりがなにより楽しみだった。そのなかで生まれた音楽だよ。曲は代々、耳で覚えて継承してきたが、今では譜面にして教えなければ守っていけない。私などは楽譜なしで音を引き継いだ最後の世代かもしれないね」

ハルメントさんは、80年代から教師として後継者の育成にあたっている。

足を踏みならしたくなるような、まるでジャックがそこで踊っているかのような音楽を楽しんで記念館から出ると、アスファルトの路面が濡れていた。どうやら、演奏に夢中になっている間に雨が降ったようだ。濡れた路面の照り返しがまぶしい。「1日のうちに四季がある」。そんな言葉を思い出した。今、アイルランドにいるのだ。

バスは幹線道路を北上し、スライゴ湾は、やがてドネゴール湾へと変わる。宿泊先のホテル「ザ・サンドハウス・ホテル」まで、もう少しだ。

(Ryoko KUBO/久保亮子)



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■WHERE TO STAY 宿泊ホテル
The Sandhouse Hotel (ロスナウラ(Rossnowlagh)/ドネゴール)
http://www.sandhouse-hotel.ie
+353-72-51777 (Tel)
+353-72-52100 (Fax)

■WHERE TO VISIT 観光スポット
Coleman Heritage Centre (ゴーティン(Gorteen)/南スライゴ)
http://www.colemanirishmusic.com
+353-71-82599 (Tel)
+353-71-82602 (Fax)

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[1]スライゴ 女神のブレスト
[2]ドネゴール 海の幸 自慢の一杯
[3]ドネゴール エンヤの故郷
[4]レタケニー 禁煙の国にて
[5]ダブリン タラの丘
[6]英リバプール ビートルズの故郷

石垣 空からアイルランドを眺めると、牧草地や丘陵など緑で覆われた島だという印象を受ける。この国が「エメラルドの島」と呼ばれる理由もここにあるが、国土に占める森林面積は、実は9%に過ぎない。 これは15世紀末以降、製鉄の時代が訪れた英国は、アイルランドの森林を木炭に利用し、高炉の熱量とした。そのため、17世紀末には、ことごとく荒廃し、100年前には、国土の4%にも満たなくなった。現在、国は2030年までに17%の回復を打ち出している。ところで、アイルランドにはいたるところに石垣がある。植民地時代、耕地区画のために作られたものだ。農業機械の大型化が進む中、昔の名残の小さな区画は不便も多いが、ヘッジロウ(hedgerow)と呼ばれる低潅(ていしん)木を利用した石垣などは小動物の住みかとなって生態系を守っている。

恋愛成就のレリーフ  1253年に創立したスライゴ寺院(Sligo Abbey)。1414年に全焼後、紛争などで幾度となく破壊。だが、修道士たちは18世紀まで暮らし続けた。1階の回廊に1枚の小さなレリーフがある。建設現場の人間が遊び心ではめこんだといわれているが、天と地を結ぶレリーフという伝説が残り、これに触れると、愛する人へ思いが届き、結ばれるそうだ。また、アルスターの反乱で焼き討ちされる際、塔の象徴でもある鐘をギル湖(Lough Gill)に沈めたという。ギル湖を訪れ、この鐘の音が聞えた人は心が澄んでいるという言い伝えもある。
取材協力
●アイルランド政府観光庁
アイルランド政府観光庁


●ヴァージン・アトランティック航空


●bmi航空

機材協力
●ペンタックス
ペンタックス