ポール・マッカートニーの2年ぶりの最新作「追憶の彼方に〜メモリー・オールモスト・フル」の日本盤が6月6日に発売されることが決まった。
ポールはこのほど、ビートルズ時代から長年にわたって契約していたレコード会社英EMIと別れ、この新作は「ヒア・ミュージック」というレーベルから出る。
ヒア・ミュージックは米ロサンゼルスを拠点とするコンコード・ミュージックとコーヒーチェーンのスターバックスとで共同設立した新レーベル。ポールは同レーベル最初に契約したアーティストになった。
ヒア・ミュージックは全世界のスターバックス・コーヒー店舗で作品を同時発売する。このため、ポールの新作もまず海外と同じ6月4日にスタバの店舗に並ぶという。日本の場合現在680店を予定。なお、スタバでの取り扱いは輸入盤のみになる。
一方、国内でのCD店への流通は、もともとコンコード・ミュージックと契約しているユニバーサル・ミュージックが担当する。国内盤ボーナストラック1曲を含む全14曲になる予定だ。
うち7曲がマスコミ試聴会で披露されたので、ENAK編集長も聴いてきた。
半分しか公開されていないから、全体像をつかんだとはいいがたいが、それでも無理やり、印象をひとことで言ってみるなら、これまでのキャリアを濃縮して現在のポールの感覚でまとめあげている、というところか。
つまり、ビートルズ的なムードもあるし、1980年代ごろの作風も感じさせながら、仕上げとしては「ドライヴィング・レイン」(2001年)と前作「ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード」(05年)とを足して2で割った感じ。
「ケイオス〜」同様、弦楽団をのぞくすべての楽器をポールがひとりで演奏しているのも、そう思わせる要因になっているかもしれない。
そもそも「ケイオス〜」あたりから、ポールは自己の過去と向かい合いながら新しい音作りに挑戦するようなところが出てきており、今回もその温故知新的な姿勢で臨んでいるということかもしれない。
ただ、「ケイオス〜」が比較的シンプルな音作りでまとめられていたのに対し、今回はより凝った音作りが行われている。また、バンド的なタイトで厚い伴奏も目立つ。「ケイオス〜」が食い足りなかった僕には留飲の下がる思いがする、好印象のできになっている。
公開された7曲について簡単に見てみよう。
ダンス・トゥナイト
アルバムの開幕を飾る。英国での最初のシングル曲でもある。マンドリンでコードをストロークするシンプルな伴奏で歌われる。最近のポールのシングルによく見られる傾向の楽曲だが、中間部分で伴奏の音がぶ厚くなるなど細かい変化がつけられている。
エヴァー・プレゼント・パスト
米国での最初のシングル予定曲。英国では2曲目のシングル予定だという。軽快なロックナンバーで全体の印象は「パイプス・オブ・ピース」(1983年)収録曲に通じる。エッジの効いたギターの音色など伴奏の音作りがおもしろい。エンディングのノイジーなギターはビートルズ時代の「リボルバー」なんかを想起させる。
オンリー・ママ・ノウズ
これも意欲的な編曲が印象を残す。弦楽団よる荘重な導入から一転して速いエイトビートのロックナンバーに突入する。たとえば、「ドライヴィング・レイン」収録の「雨粒を洗い流して」に通じるよなう。
ポールが裏声でつけていると推測されるコーラス部分が亡くなった元夫人、リンダ・マッカートニーに似ているような気もするが、ユニバーサルの説明によるとこのアルバムの録音は前夫人との泥沼の離婚訴訟のさなかに行われたのだという。
ビートルズ時代の「へルター・スケルター」を思わせるギターリフの後、再び哀切きわまりない弦楽団の演奏で締めくくられる。
ユー・テル・ミー
ユニバーサルの石坂敬一CEOがお気に入りだという1曲。
石坂 CEO は東芝EMIに在籍していた当時、ビートルズ作品を担当しており、日本におけるビートルズの権威のひとり。今回ユニバーサルはこのポールの作品の宣伝に関しては「Pプロジェクト」というチームを作ったが、CEO自らが陣頭指揮に立っているという。
その石坂CEOが「近年のポールがおはことするマイナー調の楽曲」として推すこの曲だが、僕は実は苦手だったりする。
僕が、近年の「ケイオス〜」や「ドライヴィング・レイン」に、いまひとつとっつきにくさを感じてまうのは、この手の暗たんたる雰囲気の楽曲がいくつか混じっているせいなのだ。
もっとも僕の個人的な感覚よりは石坂CEOの長年の経験から出てくる推薦の言葉のほうが重みはある。
この楽曲も音作りはなかなか凝っていて、ビートルズ時代の使っていたいわゆるテープの逆回転風の効果音などを巧みに取り入れている。
グラティティユード
ピアノ主体の伴奏による6拍子の楽曲で、ゴスペルっぽい、ポールとしてはやや異色の作風。無理やりな表現をすれば、ビートルズ時代の「オー、ダーリン」のゴスペル版。ポールらしい、派手な動きのベースを聴くことができる。
ヴィンテージ・クローズ
これもピアノから入り、ゴスペルっぽい雰囲気。
エンド・オブ・ジ・エンド
ピアノに弾き語りに弦楽団を絡めながら口笛での間奏という構成が、ジョン・レノンの音作りも思い出させるバラード。
旋律は大作りでポールの過去のレベルに照らせば決定的な名曲というに至らないが、前述のように離婚訴訟のさなかで録音されたことを考え合わせると、「終わりの終わり」という歌にポールが何を思っていたのか。
また、なぜジョンのような口笛による間奏を取り入れたのか。ポールの心境を勝手に想像することは、下世話だけど、しかし、聴き手としては興味がつきないだろう。
なお、通常盤のほかに特別盤が2種類発売される予定。ひとつは「デラックス・リミテッド・バージョン」で通常盤にボーナスCDがついてくる。ボーナス盤の中身は未発表曲3曲とインタビュー。これは7月18日に国内盤も出る予定。
また「リミテッド・エディション」は通常盤にブックレットがついてくる。これは輸入盤のみになる予定。(ENAK編集長)
これまでに聴いたCD