いやあ、楽しい作品だ。
フランス語で「兄弟」を意味する
レ・フレールをグループ名に冠する兄弟ピアノデュオは、このところテレビなどにも頻繁に出演し注目を集めている。1台のピアノをふたりで弾く(連弾)のだ。彼らのメジャーデビューアルバムは11月8日に発売される「Piano Breaker」だが、こちらは一足先に発売された、アニメ主題歌の演奏を集めた企画盤。
彼らのピアノ演奏の特徴はブギウギスタイルであること。ブギウギはブルースから派生したスタイルのひとつで、1920年代にシカゴのブルースピアニストらによって広まったとされる。
これは僕の認識だから間違っているかもしれないが、ブギピアノの最大の魅力は強靱(きょうじん)な左手の使い方にある。左手が定型の低音部のフレーズを繰り返し弾いて、リズム楽器の代役も果たす躍動感を演奏に与える。
そんな説明、めんどうくさいと感じる読者は、聴いているとウキウキするから、“ウキウキ”ピアノだとでも思っていただければよろしい。
ブルース好きのジャズピアニストの中にはこれを得意とする人もいて、たとえばレイ・ブライアントという人は独奏の実況録音盤などで、その左手の動きに支えられた素晴らしい演奏を残している。
ブギウギピアノは本来ひとりの演奏家が魔法のように左手を駆使するからこそすごいのであって、連弾でやってしまうのはどうなのかという先入観ももったが杞憂(きゆう)だっだ。
確かにひとりより強力な低音部を聴くことができるが、この兄弟はそれだけにとどまらない連弾ゆえの利点をフルに発揮して聴き手を楽しませてくれる。音の厚み。ひとりぽっちじゃないゆえの楽しい雰囲気などだ。
音の厚みについていえば厚いことよりも、ふたりで弾いているのに音数が整然として無駄がないことのほうに感心させられる。兄弟だからこその呼吸のたまものか。いや、単に肉親だからできる芸当ではなくて、ピアニスト同士としての呼吸のうまさのほうにこそ秘密の鍵はあるのだろう。
楽しさについていえば、単純にひとりじゃないから生まれる録音現場での雰囲気もあるだろう。また、テレビなどで見ると腕を交差させたり、いすの左右を入れ替わったりと、ビジュアル面でもふたりであることを大きな武器にした演出をしているようだ。
加えてこのアルバムは前述のようにアニメ主題歌の演奏集。聴き手の世代によって楽曲ごとの身近さは微妙に異なるかもしれないが、ともかく親しみやすく聞き覚えのある旋律を、楽しげに調理してくれる。
ディズニー関係と日本のアニメ−−たとえば「おしえて」(「アルプスの少女ハイジ」)や「もののけ姫」などが並んでいるのは違和感ないか? と思ったりもしたが、そもそもこの作品は兄弟が東京ディズニーリゾート隣接のライブハウス「クラブ・イクスピアリ」に定期出演して演奏していたディズニーメドレーの商品化に端を発しているというから納得だ。
最近ではブギウギピアノを弾く人は少ない。それをこういう、いまふうの日本人兄弟演奏家が出てきて親しみやすく広めるのはすばらしいことだと思う。斎藤守也(兄)と圭土(弟)の斎藤兄弟による楽しげな演奏はきっと広い層から注目されるだろう。
この作品は、そんなふたりの公式デビュー前の「お遊び」だそうだが、おなじみの曲が多いという点では、入門作としてとてもふさわしい。
(ENAK編集長)