阿修羅のごとく 向田邦子 文春文庫 590円・税別

70歳を過ぎた父に愛人がいた。もう8年になるという。かぎつけたのは4人姉妹の娘で、三女の滝子。すぐさま残る3人、長姉の綱子、二女の巻子、四女の咲子へ報告。巻子宅で集うことになった。が、父の愛人騒動はそれぞれの隠れみのだったりもする。夫を亡くした綱子は不倫中。巻子は夫の浮気を疑い、滝子は三十路を目前に婚期に焦る。咲子はボクサーの卵と同せいしていた…。互いにプライベートをけん制しつつも、父の色恋には容赦ないあたり、女性の本性丸見えで苦笑せずにはおれない。
向田作品は「嘘も方便(ほうべん)」が似合う。短編では「鮒(ふな)」(「男どき女どき」に収録)が好きだが、家族調和を第一に、各自が不器用にそれぞれのほころびや悩みを処理しようとするところが喜劇となる。脚本家としてもテレビを通じて日本の茶の間に温かくもどこか“しょっぱい”笑いを届けた。
阿修羅は古代インドの魔神で、日本では「争いの絶えない状況」を意味する。愛人の存在を黙認し続けた姉妹の母、ふじの心のうちの“阿修羅”に身震いする。夫のコートから転がり落ちたミニカー。畳の上を走らせる真似をしたかと思うといきなりふすまに投げつけた。ミニカーはふすまを突き抜ける。ふじは花形に切った千代紙を張り、何事もなかったかのように夫の帰宅を笑顔で待つ。(R)
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