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姿月あさと インタビュー
(10)テロからの再出発、歌で支援
5月31日(木)大阪夕刊  by 飯塚友子 
−−2002年のバリ島爆弾テロ事件の時、現場を直前に通っていたんですか
姿月あさと 爆発音も聞こえたんです。

バリの安全を守るため役立ててほしいと、地元観光協会と警察にパソコンと無線機を贈呈=2002年、バリ島
バリの安全を守るため役立ててほしいと、地元観光協会と警察にパソコンと無線機を贈呈=2002年、バリ島
−−ええっ?危ない!
姿月 もしかしたら(自分も)爆発時に通っていたかもしれないと思って、本当に怖かった。人ごとでないし。バリは観光で成り立っている国なので、急に事件後、誰も来なくなってしまって、あちらに住んでいる人もお仕事がなくなっていくんですよ。爆弾で人が沢山亡くなって、そうした方々に対する気持ちもすごくあった。また事件後、バリで暮らす人の日々の生活の場が、どう変わっていったかという現実的なことでは、もっともっと(影響が)すごかったですよ。

−−そこで事件から1カ月後、現地のバリ日本人会主催で、ホテル・インペリアルバリで在留邦人の楽団とのチャリティーコンサート「Berangkat(インドネシア語で『出発』) 姿月あさと Suar Dwi Striと共に」を開催されたんですね
姿月 阪神大震災(平成7年)の時は自分は宝塚にいましたけれども、地震が起きた時の衝撃と、余震が来るたび精神的に「また来る」っていう怖さは…(忘れられない)。例えばパトカーや消防車のサイレン音にも、ものすごく敏感になってしまった。そういう経験をしていたから、余計にテロの時も精神的にこたえました。いたずらで近所のスーパーや学校に「爆弾仕掛けた」っていう電話もあって、買い物に行ったり、人が集まるところにいっても、用事だけすませて帰るって感じで。

−−そあのテロで外国人観光客含め200人もの方が亡くなりましたものね
姿月 出かけるのも怖いし、みんなもすごく不安定な状態になったときに、そのチャリティーコンサートは寄付金を集めるという目的もあったけれども、みんなでちょっと集まって楽しい時間を過ごしてほしいという、楽しい気分に対するチャリティーでもあったんです。たまたま自分は歌を歌う仕事をしているからこそできたことであって、例えば病院やお店に行って手伝ったり、お手伝いの形っていろいろあると思うんだけれども、その時、自分ができる形は歌を歌うことだった。

−−事件の現場に足を運ばれて、自らチャリティーコンサートの企画を持ちかけられたそうですね。いても立ってもいられないような気持ちですか
姿月 何かしなきゃって。そして再出発をしてほしい、という気持ちです。その時に歌ったのが(日本の音楽グループTHE BOOMのヒット曲)「ブランカ」っていう歌で、インドネシア語で「出発」っていう意味なんですね。そういうメッセージのある歌をみんなで声を合わせて歌ったりして…。

−−集まった義援金や、姿月さん個人とファンクラブの寄付金を使って、バリの防犯対策にと、バリ観光協会とバリ観光警察にパソコンと無線機を寄付されたそうですね。結局バリ生活は何年になりましたか
姿月 4年間です

−−平成16年からは、ご主人の転勤でオーストラリアのケアンズに移住されて
姿月 うん、バリとは全く正反対。物価も倍ではすまないほど違いますし、やっぱり西洋と東洋の違いっていうものもありますし。

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しづき・あさと 昭和45年、大阪市生まれ。市立淀川中学卒業後、宝塚音楽学校に入学。65年ぶりに誕生した新組「宙組」トップスターとしてミュージカル「エリザベート」などに主演。平成12年退団後、ヴォーカリストとしてフル・オーケストラと競演するなど幅広く活躍。

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