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照柿
照りつける西日の中にいるような苦しさ
高村薫 講談社文庫 上巻¥680 下巻¥650
色に関する日本語の語彙は豊富だ。蘇芳色、猩々緋…。たとえば赤系についてだけでも多数色があり、それを表す言葉がある。照柿色(てりがきいろ)は、まさに熟した柿の実の色のことのようだが、恥ずかしながらその言葉を知らなかった東京生まれの僕が、字面だけで真っ先に思い浮かべたのは夏の夕方の西日だった。べっとりと重苦しく照りつける東京の西日。

警視庁捜査一課七係の合田雄一郎と幼なじみの野田達夫。ふたりは、佐野美保子というひとりの女を間にはさんで再開し、そして壊れていく。

小説の冒頭はまさに僕が思い浮かべたとおりの、東京・八王子の暑い西日の中の場面で始まる。そして、この小説は一貫してその西日が差し続ける。場面が変わろうと上下巻を通して排気ガスまみれの灼熱の太陽は照り続ける。この小説のすごみは、まさにそこにある。

達夫と美保子はかつての恋仲。偶然の再会で達夫は昔の恋人にのめり込んでいく。合田は美保子と夫のいさかいの現場に、これも偶然差し掛かり、美保子にひかれる。やがて達夫と合田は再会し、ふたりの間に美保子がいることに気づき、嫉妬にかられる。その嫉妬の渦こそは、まさに色に夏の西日のような狂おしさであり、たとえれば照柿色なのだ。

合田刑事は、連続殺人犯と捜査員らを描いて直木賞を受賞した「マークスの山」の主人公だが、この「照柿」は前作とは趣を異にし、犯罪は物語の骨格になってはいない。ただ、ひたすら達夫と合田の西日のような嫉妬心の恐ろしさ、醜さが描かれる。しいて共通項を見いだすとしたら、前作では犯人が心に「暗い山」を抱き、今回は達夫と、そして合田が照柿色の嫉妬を心に抱いていることか。

ミステリらしくなさは、この作家の作品の場合少なからずある傾向だが、この小説はほとんどミステリではないといっていい。下巻の解説(沼野充義氏)にあるが、これはドストエフスキーの世界観を高村流に結実させたものだという。なるほど。

なお、文庫化にあたり大幅に改訂している。合田刑事が主人公の作品はこの後に「レディ・ジョーカー」がある。この作品も文庫化の際は大幅改訂するのだろうか。(井)

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