産経Webへ戻る
ENAKってどういう意味? | お知らせ | 新聞バックナンバー購入 | 問い合わせ | リンク・著作権 | MOTO | 産経Web
名もなき毒
「悪意」という名前のない毒
宮部みゆき 幻冬舎 ¥ 1,890
巨大企業会長の娘婿となり、その企業の広報誌編集室で働くサラリーマン、杉村三郎が事件を解決する「誰か」の続編。

実は僕は「誰か」を読んでいながら、この新作についてシリーズものだと気づかず、また最後まで「誰か」のことを思い出せずにいた。

「誰か」は僕にとって宮部作品としてはインパクトの少ないものだったのかもしれないが、おかげで前半はとてもドキドキした。

東京近郊で毒物を用いた無差別連続殺人事件が起こる。一方、杉村たちの編集部はアルバイト女性、原田いずみの奇矯な行動に悩まされていた。やがて杉村は毒物殺人の被害者の孫娘と出会う。

なにが怖かったかって、原田いずみという女性の理屈なき「悪意」で、殺人事件に用いられた毒と同じぐらいの「毒」だと感じられた。この毒で、この幸せな主人公・杉村の人生も破壊されるのだろうかという予感はとても恐ろしかったが、途中でシリーズものの主人公らしいと察してようやく気分が落ち着いた次第だ。

この作家の「模倣犯」を読んだ人なら、この作家が描く現代日本人の「悪意」の恐ろしさには同意してくれると思う。

ともかく、僕は題名の「名もなき毒」というのは、やっぱり現代人の「悪意」のことを言っているのだと考えている。作品中にも出てくる話だが、人間という生き物は名前を与えることで形を見いだし、その段階で怖さを克服する。しかし、名前を与えられないものについては形も見えずにほんとうに怖い。

昨今のあまりにも理屈に合わない事件を見ても分かるように、現代人は、もしかしたらだれしもが、心の中に「名もなき毒」という悪意を潜ませているのかもしれない。

前述の「模倣犯」と比べれば「誰か」同様強烈なインパクトを放つ作品ではないが、静かにしかし明確に現代のあちこちらひそむ「悪意」に対するこの作家の毅然(きぜん)たる態度が打ち出されている。今の社会にもの申す作品になっている。(井)

これまでに読んだ本
悪女について阿修羅のこどくハリー・ポッター神様からひと言クライマーズ・ハイ日本沈没照柿
模倣犯容疑者Xの献身雪屋のロッスさんオペレーション・ローズダスト袋小路の男沖でまつ嫌われ松子の一生イッツ・オンリー・トーク




産経Webは、産経新聞社から記事などのコンテンツ使用許諾を受けた(株)産経デジタルが運営しています。
すべての著作権は、産経新聞社に帰属します。(産業経済新聞社・産経・サンケイ)
(C)2006.The Sankei Shimbun All rights reserved.

ここは記事のページです

名もなき毒