どこかさわやかな風が吹き抜けるのを感じられることがあるのが乃南作品の大きな魅力だ。
こういう比較がいいのかとどうか分からないけれど、圧倒的な文体で迫る高村薫、物語性で読み手を一気にその世界に引きずり込む宮部みゆき−−に比べると、乃南作品は淡泊なのだけど、そういう日常性と日常場面のディテールが、キャラクターの魅力をグッと浮き上がらせる。
そんなことをいっても僕は乃南作品は、女性刑事・音道貴子シリーズぐらいしか読んでいないのだけど。
これは、その音道シリーズの最新作。長編としては3作目。短編集も入れると6作目になる。
東京・東向島の古い貸し家を解体中に男女ふたりと嬰児の白骨遺体がみつかる。貴子が同僚と身元を調べるうちに、貸し家の大家で認知症の老人が殺害され、捜査本部が設置される。殺人事件で貴子と組むことになったのは応援でほかの署からやってきていたベテラン刑事の滝沢だった。
貴子のデビュー作「凍える牙」でコンビを組み、その後も要所要所で登場していた滝沢刑事との本格コンビ復活。
コンビといってもこのふたりの場合、よくあるでこぼこコンビとか、その手のものとはやや異なる。世代とか男女の違いによる対立により双方の異質さをさりげなく描く鏡のような存在としてのコンビとでもいおうか。
そこにこの作家ならではのおもしろさがある。つまり、必要以上にドラマチックではなく、淡々としているがゆえに日常描写がリアルに感じられる点だ。
だからこそ、登場人物、とりわけ貴子というキャラクターの存在感が浮き上がる。私生活の場面などは女性が読んだらどうということもないのだろうが、男性の僕はどきまぎしてしまうこともあったりするほどだ。
今回は、白骨遺体と殺人事件というミステリーとしての進行に、貴子と目に病気をもった恋人との心のすれ違いを巧みに絡める。さらに、貴子の同僚である鑑識課の女性とその恋人の存在を配置。貴子の恋愛小説としての読み応えも十分だ。作品のさわやかな余韻の要因はもっぱらそちらのほうの部分にある。
もちろんミステリーとしてのおもしろさも十分。殺害された大家の老人と彼が入居する老人ホームの職員との意外な関係。白骨遺体の身元。身勝手な殺人犯。
とはいえ、気になるのは貴子と滝沢の今後だろう。貴子については恋人との今後がどうなるのか。滝沢はやや健康を害するものの、それを克服する。このコンビの次回作は? また、貴子だけの短編が出るのか? あるいは滝沢ひとりに焦点を絞った作品が?
そんなふうに登場人物に親しんでからのほうがずっとおもしろいはずだから、シリーズ未読の方は、「凍える牙」から順を追ってこの新作まで到達するほうをオススメする。(井)
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