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乃南アサ「嗤う闇」
「風の墓碑銘」の前段、文庫化
新潮文庫 ¥476(税別)
女刑事、音道貴子シリーズの最新刊「風の墓碑銘」を紹介した際、自分ではこのシリーズはすべて読破していると思いこんでいたのに、うかつ。肝心のこの、「風の墓碑銘」の前段にあたる短編集を逃していた。おそらく「風の墓碑銘」出版に合わせた文庫化。いやあ、助かった。

異動先の隅田川東署での貴子の新しい日々の幕開けを描く4つの短編を収録。

僕のように先に「風の墓碑銘」を読んでも、もちろん問題はなかったのだけど、やはりこちらを先に手に取るのが筋。恋人や同僚女性鑑識課員ら脇役たちは、「風の墓碑銘」で彼らを待ち受ける運命の端緒をちらりと見せたりする。

もともと、大事件より、貴子の私生活なども巧みに混ぜて進行する作品だが、短編になると、より人間ドラマとしての色彩が濃くなり、なんとなれば長編以上の魅力にあふれる。

個人的にお気に入りは「木綿の部屋」。シリーズを通じての相棒で、女性刑事ぎらいの中年刑事、滝沢と彼の娘とのエピソードが描かれる。やっぱり滝沢が出てくると締まるのは、この作家が女性で、滝沢という中年男の描き方が案外ステレオタイプだからかもしれない。ステレオタイプゆえにフィクションとしてより成立するという見方は偏見かもしれないけれど。

もうひとつこの短編集の特徴は、解説で作家の縄田一男が書いているように、舞台となる隅田川沿いの東京下町エリアに対する厳しい見方だろう。

下町と呼ばれる一帯には今も情緒が残るという言い方があるが、乃南はバッサリと切り捨てる。人情がうせて形骸化した下町は、かえってやっかいだという視点で描く。マンションでの連続婦女暴行事件を扱う表題作はその代表。

大上段に振りかざしたりはしないが、冷静な目で現代社会への警鐘を鳴らすのが乃南作品だとしたら、この短編集もまた、いかにもこの作家らしい。(井)

これまでに読んだ本
風の墓碑銘永すぎた春フェルマーの最終定理
悪女について阿修羅のこどくハリー・ポッター神様からひと言クライマーズ・ハイ日本沈没照柿名もなき毒
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