浅田次郎「地下鉄に乗って」
会いたいけど会えない…に希望とロマン
講談社 ¥522(税別)
高校の同窓会を終えて小沼真次は東京・永田町の地下鉄で列車を待っていた。この日は兄、昭一の命日で、若くして地下鉄に飛び込んだ兄の心の闇が真次にまとわりついた。
列車は一向に来る気配はなく、列車事故だと知らされる。酔いが多少まわるなか真次は地下道でつながった隣り駅、赤坂見附を目指した…が、階段を上り目の前に広がっていたのは30年前の世界。懐かしい家族と暮らした東京・新中野だった。
戦後、銀座で闇ドルの交換で成り上がった父、小沼佐吉は非情で、真次ら息子たちとは折りが合わず、兄を死にまで追い込んだ。兄の死を境に一家は離散。真次は母と家を離れ、弟の圭二が小沼の世界に残された。「あの夜、なぜ兄は死ななくてはならなかったのか」。30年前の世界で真次は兄の姿を探し求める。
現在と過去を地下鉄が結び、真次は幾度か過去へと迷い込み、時代はその度にさかのぼる。そのなかで真次が出くわした父は闇市でしぶとく生き、あるいは満州出征を控えた青年であり、家計を懸命に助ける少年でもあった。見ず知らずの中年となって現れた息子・真次を相手に夢を語る父。真次は父の背中を過去のなかで見つめた。やがて兄の死の当日へとたどりつく。そこには家族の秘密はもちろん、変えてはいけない過去へ潜り込んでしまった大きな代償をも真次を待ち受けていた…。
浅田は1995年、この作品で吉川英治文学新人賞を受賞。親の足跡は子供が知るすべもない。懸命に生きてきた父の姿に真次は涙をにじませる。だれもが胸に抱く“会いたいけど決して会えない人”に、この作家は希望とロマンを散りばめた。(R)
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